和歌と俳句

細見綾子

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釘うてばひゞく身内をと言はむ

大寒ときくや時計のネヂ巻きつゝ

へ呼びし声戻り来て吾にうるむ

寒の空ものゝ極みは青なるか

くれなゐの色を見てゐる寒さかな

残雪の山ひだ考へのごと深し

かたくなに杉生の中の残り雪

枯芝に日あたり来よと思ひゐつ

をして言ひ途切れたるまゝの事

すれば身の在り所虚空の中

針の錆みがくやも間なく明く

女等にあふれ流るゝ雪解水

長き冬去ると或る朝言ひて起く

春近しぽろぽろパンを喰みこぼし

春になるなればパン屑鶏にやる

春風邪をひいて紫じみてゐる

澄むものは時計の音か春の泥

咲きらんまんとしてさびしかる

木蓮の咲くあかつきのまぶたかな

炭は火になり急ぎつゝひたすらに

白梅を髪すなほなる少女ごと

雉子は求むるものへ透きとほり

春泥や意志とならねばならぬもの

別れ霜昨日こぼした炭の粉に

旅五日鉄路のさびにつく蝶々

汽車止まるゆたかにも葉桜の下

葉桜や裸身ひかりて砂利くづす

高き山黒く暮るれば梨花も暮れ

春ゆくか山峡に覚めふとんに日

白蝶々飛び去り何か失ひし

嫁ぎゆくものに雨ふる桐畑

野いばら

の花や昨日の歌今日の歌

夏来る直路といふもかなしかる

梅漬ける甲斐あることをするやうに

夏痩せてまぶたもやせて空青し

夏痩せて井戸水を汲み上げてのむ

事あれば鶏頭の日の新しさ

縦横無尽の中の一点秋日吾等

行かば行くべし秋風の果てすゝきの果て

秋日芝生にむしろあはあは吾等ゐし

見得るだけの鶏頭の紅うべなへり

山澄みて小さく小さく戻り来る