橋本多佳子
いなびかりつひに我灯も消しにけり
走り出て湖汲む少女いなびかり
秋燕にしなのの祭湖荒れて
草の中ひたすすみゆく秋の風
雀ゐてどんぐり落ちる落ちる
木の実落つわかれの言葉短くも
曼殊沙華ひそかに息をととのふる
早稲の香のしむばかりなる旅の袖
筆洗ふ蜩とみに減りしよと
増面に八日の月の落ちかかる
角あはす雄鹿かなしき道の端
木犀の香や縫ひつぎて七夜なる
後の月縫ひ上げし衣かたはらに
つゆじもや発つ足袋しろくはきかふる
砂をゆく歩々の深さよ天の川
濤ひびく障子の中の秋夜かな
天の川今滝なせり産声を
草の穂を走るいなづま字を習ふ
鰯雲旅を忘れしにはあらず
曼珠沙華塔得し道の楽しさに
秋風や耳朶を熱くしひとの前
曼珠沙華海なき国をいでず住む
曼珠沙華さめたる夢に真紅なり
白露や穂草茫茫ちかよれず
着きてすぐわかれの言葉霧の夜
門司と読み海霧巻ける街に出る
夜の霧に部屋得て窓に港の燈
宿ありて夜霧博多の町帰る
秋蝶に猫美しく老いにけり
秋雨にわかれの言葉まだいはず
船まつや不知火の海蝗とび
旅の髪洗ふや夜霧町をこめ
荒園の又美しやいわし雲
柚を垂らす秋刀魚筑紫の旅了る