和歌と俳句

橋本多佳子

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12

柴漬の舟あらはれぬ窓の景

窓の海今日も荒れゐる煖炉かな

初雪や椋鳥あそぶ広芝生

慈善鍋みかんの皮のふかれゆく

早鞆の風おさまりし暖炉かな

咲きみちし寂しさありぬ寒牡丹

おほわだへ日向うつりぬ冬の山

まゆ玉の散るをくべたる暖炉かな

枯芝に万歳楽は尾をひけり

陵王に四方の庭燎のもえさかる

里びとは北しぐれとぞいひつ濡れ

北しぐれ野菊の土はぬれずある

野をゆきつ吾にも馴れし北しぐれ

冬の燭遊び女に吾にまたたかず

冬の燭見て吾を見しにはあらざりし

の白雲ひとつ光りてゆけり

は地に鳴り路を白らめたる

凍てし燈の光の尾さへ風が奪ふ

凩の天鳴り壁の炉が鳴れり

吾子そろひ凩の夜の炉がもゆる

スケートの面粉雪にゆき向ふ

スケートの手組めりつよき腕と組めり

スケートの手組めり体はたえずななめ

スケートの汗ばみし顔なほ周る

スケートの青槇雪をふきおとす

雪去れりスケートリンク天と碧き

煖炉たき吾子抱き主婦の心たる

煖炉もえ末子は父のひざにある

書をくりて風邪の憂鬱ひとり黙す

ひとりゐて落ちたる椿燻べし炉火

は遠き地に鳴り地下をゆく

落葉あり地下の掃除夫路を洗ふ

ひとを運ぶ階は動けり地下凍てず

地下の花舗温室の白百合路にあふれ

地下の花舗汗ばむ毛皮肩にせり

ひと待ちぬ約せし花舗に毛皮ぬぎ

雪しまきわが喪の髪はみだれたり

わが眼路の枢かくしぬ雪しまき

雪の野ははるけしここに人を焼く

葬の炉火が入りしまく天鳴れり

吹雪きて天も地もなき火の葬り

船室より北風の檣の作業みゆ

煖房に闇守る水夫の瞳を感ず

浴槽あふれ北風航くことをわすれたり

北風の扉がひらかれ煌と吾を照らす

無電技士わかく北風航く夜をひとり

北風を航くその揺れにゐて無電打つ

わが電波北風吹く夜の陸よびつ

見さくる野黄なりここなる園も枯れ

枯園に聖母の瞳碧をたたへ

ただ黒き裳すそを枯るる野にひけり

枯園に靴ぬがれ少女達を見ず

学び果てぬ日輪枯るる園に照り

夫の手に壁炉の榾火たきつがれ

駅に降り北風にむかひて家に帰る

北風つよく抗ひ来るに身をかばひ

寒の星昴けぶるに眼をこらす

北風吹けり夜天あきらかに雲をゆかす

枯木鳴り耀く星座かかげたる

星天は厳しく霜の地を照らす

壁炉もえ主なき椅子の炉にむかひ

吾子とゐて父なきまどゐ壁炉もえ

壁炉照り吾子亡き父の椅子にゐる

吾子寝ねてより海鳴りを炉にきけり

夜の濤は地に轟けり壁炉もゆ

われのみの夜ぞ更けまさり炉火をつぐ

壁炉もえ白き寝台いひとを見ず

惜しみなく炉火焚かれたり雪降り来る

あさの炉がもえたり旅装黒くゐる

機関止みふぶける船に艀を寄す

黒き舷船名もなく雪に繋る

舷側の十字を紅く吹雪の中

雪の航水夫垂直の階を攀づ

雪を航き朝餐のぬくきパンちぎる

航海燈かがやき雪の帆綱垂る

雪を航きひとりの船室燈をともす