和歌と俳句

橋本多佳子

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土砂降りより入る目口に楮の湯気

楮煮るゆげ土砂降りの家出でず

土砂降りの紙漉場より水流れ

老いの顎うなづきうなづき紙を漉く

紙漉のぬれ胸乳張る刻が来て

ぬれ紙に重ねる漉紙滴るを

漉きかさねし濡紙百枚まだはがさず

子の母がここにも胸濡れ紙を漉く

紙砧をりをり石の音発す

顎に力をとめ紙漉く脚張つて

働く血透きて紙漉くをとめの指

漉紙に漉紙かさね畏るる指

紙しぼる赤手の上を水流れ

紙しぼる流れの端に鍋釜浸け

隆き胸一日圧して紙しぼる

水照りて干紙に白顕ち来る

干紙の反射に遊ぶ茶目黒目

紙を干す老いの眼搏つて鵙去れり

若き日の如くまぶしき紙干場

死なざりし蜂干紙にいつ死ぬる

峡より峡に嫁ぎて同じ紙を漉く

遠燈点くはつとして紙漉場点く

紙漉女に「黄蜀葵糊」ぬめぬめ凍てざるもの

冬立ちて十日猫背の鵙雀

火と風と暮れを誘ふ薪能

風早の暮雲薪能けぶる

指さえざえ笛の高音の色かへて

伏眼の下笛一文字に冴え高音

舞ひ冴ゆや面の下より男ごゑ発し

またたかぬ舞の面上風花うつ

笛冴ゆる老いの重眉いよよ重

薪能鴉の翼火を退け

生きてまた絮あたたかき冬芒

木枯の絶間薪割る音起る

吸入器噴く何も彼も遠きかな

枯れ崖長し行途いつきしばかり

また同じ枯れ切通しこの道ゆく

冬の旅日当たればそこに立ちどまる

蒟蒻掘る泥の臭たてて女夫仲

蒟蒻掘妻と吉野山常に偕

蒟蒻掘顔をあげるを鴉まつ

蒟蒻掘る尻がのぞきて吉野谷

天が下土と同色蒟蒻掘

蒟蒻掘る顔を妻があげ山鳩翔つ

蒟蒻掘る穴に吐き捨つ夫の言葉

蒟蒻掘る夫婦に吉野山幾重

蒟蒻負ひ馴れしこの道この傾斜

蒟蒻負ふ泥の重さも背に加へ