和歌と俳句

橋本多佳子

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壁の外海鳴り壁に炉がもゆる

壁炉もえ吾寝る闇を朱にしたり

回想の炉がもえひとを炉に映えしめ

筑紫なるかの炉かなしみ炉を焚ける

わが手向け冬菊の朱を地に点ず

閼伽の水豊かに冬の日とも思へず

墓地をゆき黒き手套をぬがざりき

貝ひかり冬の薊の濃きを得ぬ

わが眉に冬濤崇く迫り来る

冬濤のうちし響きに身を衝たる

子が駆けり吾駆けり北風の波うてり

冬薊海界高くのぼり来ぬ

冬の霧手套の黒き指を組む

霧ながら冬うつくしき夕べ得ぬ

一月の菫を黒く指宿に

万燈籠たかきへたかきへ道いざなふ

万燈籠幽けしひとの歩にあはす

身にさして万燈ほのかなるひかり

時雨月夜半ともなれば照りわたり

山茶花のくれなゐひとに訪はれずに

武蔵野の樹々が真黄に母葬る

母葬る土美しや時雨降る

枯萩を人焚き昏るる吾も昏る

枯萩の焔ましろくすぐをはる

木枯のひととき夕焼つのり来る

冬雲の北のあをきをわが恃む

ほのぼのと襟あたたかし石蕗も日に

濤うちし音返りゆく障子かな

冬河に海鳥むるる日を訪へり

冬の月明るきがまま門を閉ざす

さめてまた時雨の夜半ぞひとのもと

臘梅のかをりやひとの家につかれ

枯るる道ひとに従ひゆくはよき

雪嶺を空にし人はあひわかる

枯木中わがゆく方に月すすむ

毛糸あむ掌なつかしや事告げむ

干大根人かげのして訪はれけり

干大根月かげにあり我家なり

礫うつ氷沼のひびきを愛しみて

時雨星北斗七つをかぞへけり

由布に来る日しづかに便書く

冬の蝶いつしか旅の日をかさね

冬の月いでて歩廊の海冥き

寒星のひかりにめざめ貨車の闇

寒の闇体がくんと貨車止る

貨車とまる駅にあらざる霜の崖

貨車の闇小さき鏡に霜明くる

貨車の扉の筑紫冬嶽みな尖る

寒牡丹炭ひく音をはばからず

寒牡丹山家の日ざしとどめ得ず

山住みのしぐれぞよしや日日時雨