和歌と俳句

橋本多佳子

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凍蝶に指ふるるまでちかづきぬ

凍蝶も記憶の蝶も翅を欠き

凍蝶を容れて十指をさしあはす

凍蝶のきりきりのぼる虚空かな

箸とるときはたとひとりや雪ふり来る

鴉過ぎ怺へこらへしふり来る

雪墜る音髪を洗ひて眼つむれば

雪はげし抱かれて息のつまりしこと

雪はげし夫の手のほか知らず死す

かぢかみて脚抱き寝るか毛もの等も

鶏と猫雪ふる夕べ食べ足りて

猫歩む月光の雪かげの

みぞれ雪涙にかぎりありにけり

ねむたさの稚子の手ぬくしこんこん

燃ゆる薪雪に置かれて焔立つ

牡丹雪さわりしものにとどまりぬ

肩かけやどこまでも野にまぎれずに

肩かけの裡に息して人の死へ

刈田の火赤し人亡しと思ふとき

冬雲雀そのさへづりのみぢかさよ

拠るものの欲しけれど壁凍るなり

あふれいづる涙冬蝶ふためき飛び

掌に裹む光悦茶碗堪へ

蕗の薹のむらさき切りきざむ

寒念仏ひびくやひびきくるもの佳し

木樵ゐて冬山谺さけびどほし

冬の森若人にすぐ谺して

空林や流れのあれば紅葉しづめ

水鳥の沼が曇りて吾くもる

沼氷らむとするに波風たちどほし

頭勝なるの身すぐにくつがへる

凍て死にし髪吾と同じ女の髪

冬の日を鴉が行つて落して了ふ

風の中枯蘆の中出たくなし

子を想ふとき詩を欲るとき枯木立つ

枝交へ枯れし柘榴と枯れし櫻と

威し銃おどろきたるは吾のみか

威し銃おろかにも二発目をうつ

童女童子来てすぐ枯れし崖のぼる

童子寝る凩に母うばはれずに

ラヂオ大きく枯山のふもとに住む

枯れはてて遊ぶ狐をかくすなき

枯れし木が一本立てり狐失せ

手繰れど手繰れど海に頭向けて凧落ちゆく

せめて瞋りあらばやすけし冷ゆる蹄

寒星ひとつ燃えてほろびぬ海知るのみ

何をか待つ雪着きはじむ松の幹

風邪髪の櫛をきらへり人嫌ふ

風邪髪に冷き櫛をあてにけり

つひに来ず炉火より熱き釘ひらふ

泣きしあとわが白息の豊かなる

心見せまじくもの云へば息白し

渦巻く炉火ともすれば意志さらはるゝ

許したししずかに静かに白息吐く

いぶり悲しくてつい焔立つ

激しき心すでに去りたる炉火の前