和歌と俳句

橋本多佳子

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漁夫の櫂わが眼の寒湖かきたつる

まどゐの燈ときに暗しや凍つるか

凍湖青し指に纏きもつ木の葉髪

沖の鴨群それへいそげる鴨の翅

赤彦の氷魚かも真鯉生きて凍て

月一輪凍湖一輪光りあふ

雪原の昼月乾し寒天軽き

寒天煮るとろとろ細火鼠の眼

家鼠を見て野鼠が走るや雪明り

子を呼ぶや寒天の反射雪の反射

雪の上餌あるや雀胸ふくらみ

白き山白き野寒天造りの子

雪の酒庫男の手力扉を開くる

酒湧くこゑ槽に梯子をかけ覗く

糀室出し髪すぐに雪がつく

赤子泣き覚めぬひとの家雪明し

穂高白し修理の小城被覆して

寒念仏追ひくる如く遁げゆく如く

熊が口ひらく旅の手に何もなき

雪原に踏切ありて踏み越ゆる

落葉松を仰げば粉雪かぎりなし

雪原や千曲が背波尖らして

雪原のわれ等や鷹の眼下にて

火の山へつゞく雪野に足埋め立つ

雪野のかぎり行きたし呼びかへさらずに

土間は佳し凍雪道の長かりしよ

氷上を犬駆ける採氷夫が飼へり

採氷夫焚火に立ちて雫する

遠灯つく千曲の枯れを見て立てば

藁塚も屋根も伊吹の側に雪

留守を来てわが枯崖を如何に見し

直哉ききし冬夜の筧この高さに

寒き壁と遊ぶボールをうち反し

相うつは凍つるや解くるや氷と波

綿虫飛ぶ天光の寵暮るるとも

風邪の髪解けざるところ解かず巻く

風邪の身に漢薬麝香しみにけり

黄八丈の冷たさおのがからだ冷ゆ

風花や葱が主な荷主婦かへる

同じ寒さ乞食の身より銭鳴り落つ

佛寒しわめける天邪鬼に寄る

天邪鬼木枯しゆうしゆう哭く音立て

凍てゆくなべ壊れやまざる吉祥天女

虎落笛吉祥天女離れざる

狐飼はれてたゞに餌を欲る愛しさは

地を掘り掘る狐隠せしもの失ひ

狐舎を守る髪に狐臭が浸みとほり

われに向く狐が細し入日光

狐臭燦狐にはまる鉄格子

詩をしるす鉛筆狐きゝもらさず