霧がくる一輪の日や沼施餓鬼
沼波の青沁むべしや施餓鬼幡
沼施餓鬼蟹はひそかによこぎりて
珈琲濃しあさがほの紺けふ多く
蘆の笛吹きあひて音を異にする
子がねむる重さ花火の夜がつづく
梶の葉の文字瑞々と書かれけり
七夕や髪ぬれしまま人に逢ふ
いなびかり病めば櫛など枕もと
いなびかり医師の背よりわがあびぬ
いなびかり寝しまま髪を梳きくるる
うちそとに月の萩むら門を鎖す
頭のみ見えて雀が野分中
づぶ濡れて野分の雀われ覗く
病み臥して夜々のいなづま身にあびる
蜂の巣にめつきり朝は秋日ざし
ひぐらしのしぶけるごとく湖暮るる
夜の障子木犀の香のとどこほる
われに来る木犀の香をひとよぎり
木犀のにほひの中に忌日来る
みじろげば木犀の香たちのぼる
曼殊沙華忌日の入日とどまらず
曼殊沙華海を渡りてなほ鉄路
曼珠沙華けふは旅なる吾にもゆ
曼殊沙華駅々に咲き旅遠き
さそり座をかかげ余して露の宿
出水して町に秋燕啼き溜る
踏切を流れ退く秋出水
蟹の碧秋の出水の町に見る
秋燕や高き帆柱町に泊つ
息あらき雄鹿が立つは切なけれ
背を地にすりて妻恋ふ鹿なりけり
雄鹿の前吾もあらあらしき息す
寝姿の夫恋ふ鹿か後肢抱き
女の鹿は驚きやすし吾のみかは
にはたずみ鹿跳び遁げてまた雲充つ
隠るゝ如茗荷の花を土に掘る
さかしまに螳螂よこのまゝ暮るゝか
いなびかり毛ものゝ背に手触れゐて
けさよりいくたび秋蝶通る崖の傷
秋の蝶沼の上にて逢ふものなし
いなずまの野より帰りし猫を抱く
野分の家蝶ゐて薄暮過ぎにけり
はたはた飛ぶ地を離るゝは愉しからむ
ゆきあひて眼も合さずよ野分蝶
蟷螂のおのが枯色飛びて知る
暮れて鳴く百舌鳥よ汝は何告げたき
踊りゆくどこまでも同じ輪の上を
一ところくらきをくぐる踊の輪
堪ゆることばかり朝顔日々に紺
泣きたれど朝顔の紺破るべし
朝顔は紺折りたたむひらく前
一束の地の迎火に照らさるる
流燈を灯して抱くかりそめに
焔の中蓮燈籠の燃ゆるなり
連れ立ちて百姓低し天の川
七夕や同じ姿に農夫老い
いなびかり遅れて沼の光りけり
いなびかり北よりすれば北を見る
地の窪すぐにあふるゝいなびかり