わが行方いなづましては闢きけり
いなづまの触れざりしかば覚めまじを
双の掌をこぼれて了ふいなびかり
いなずまのあとにて衿をかきあはす
いなびかりひとの言葉の切れ切れて
いなづまの息つく間なし妬心もつ
燈の消えて野にあるごときいなびかり
一燈なく唐招提寺月明に
野の猫が月の伽藍をぬけとほる
月天へ塔は裳階をかさねゆく
月光に朱うばはれず柱立つ
月光にいまも黒髪老いつつあらむ
忌日眼に見ゆるちかさに青野分
忌日ある九月に入りぬ蝶燕
麻衾暁の手足を裹み余さず
くらがりに傷つき匂ふかりんの実
日の中にゐて露冷えに迫らるる
曼珠沙華咲けば悲願のごとく祈る
曼珠沙華からむ藁より指をぬく
昏くして雨ふりかかる曼珠沙華
瀬を流るゝとき曼殊沙華のもつれとけず
仏足に一本の曼珠沙華を横たふ
秋燕となりて一日天にばかり
秋の蝶吾過ぐるとき翅ゆるめよ
霧中にみな隠れゆく燈も隠る
いなずまに誘はれ飛びて蝶はづかし
頭あぐればかなしさ集ふ野分あと
白露やわが在りし椅子あたゝかに
荒百舌鳥や涙たまれば泣きにけり
百舌鳥の下みな雨ぬれし墓ばかり
墓と共に花野に隠れゐたかりし
傘いつも前風ふせぎ雨の百舌鳥
秋風や鶺鴒二つ飛びたる日
断崖や激しき百舌鳥に支へられ
叫びても翅濡る雨の百舌鳥なれば
老いよとや赤き林檎を掌に享くる
鶏頭起きる野分の地より艶然と
伏目に読む睫毛幼し露育つ
露の中つむじ二つを子が戴く
人の背をふと恃みたる穂草の野
白露や鋼の如き香をもてり
露けき中竃火胸にもえつづけ
虫鳴く中露置く中夫死なせし
露霜や死まで黒髪大切に
露万朶幼きピアノの音が飛ぶ飛ぶ
椎の実の見えざれど竿うてば落つ
海彦の答へず霧笛かけめぐる
高まりつゝ野分濤来るはや砕けよ
野分濤群れ來る歓喜生き継ぐべき