和歌と俳句

橋本多佳子

椎どんぐり海龍王寺ぬけとほる

秋刀魚競る渦に女声の切れつぱし

秋刀魚競場旅の肩身の吹きさらし

秋刀魚市場風蝶の羽むだづかひ

秋刀魚競る忘れホースの水走り

鮪またぎ老いのがにまた競りおとす

鮪競る興奮をもて老いのたゝら

故国野分大漁旗のひらきつぱなし

野分濤繋かれる中の遠洋漁船

野分浪さなくとも旅衣しめりやすし

おのが蜜柑山にて長脛行く自在

蜜柑の枝折りひゞかせるおのが山

大足に傾斜踏まへて蜜柑採る

立木より立ちてむさぼる蜜柑の肉

長脛をがくがく蜜柑負ひ下る

蜜柑担く重さに押され山下る

蜜柑負ふ背が眼の高さわが前に

樹齢五十蜜柑千顆を黄に照らし

蜜柑照る丘葛城の眠りを前

くつわ虫激ち一夜に一生懸け

くつわ虫歴とわが影燈を負ひて

露の吊橋「一橋一車」ならば許す

法師蝉友蝉ゐねばこゑとぎれ

右眼病めば左眼に青き野分充つ

むんむんと子の香を率ゐ霧の教師

鮎下り尽きし瀬の夜を鳴り徹す

わが立てる岩より秋水また下る

木犀や記憶を死まで追ひつめる

暗黒に水たぎらして廃れ簗

絶対安静眦にの天

白炎と見しは太白露の塔

露晒し日晒しの石桔梗咲く

閼伽水のながれの尖が吾にくる

切子点く寂光濾せる紙の質

真の闇切子が山蛾欲りつ獲つ

火蛾生死切子内界さしのぞく

切子火蛾よぶ殺生戒の身におもしろ

火蛾よべる切子より吾貪欲に

山蛾食ひ切子ふたたび明もどす

切子貪欲一山蛾族翔け参じ

切子長尾ただにしづまり燈が暗し

切子燈籠うしろが明しまわりて見る

火蛾捨身涜れ涜れて大切子

施餓鬼舟黒煙を吐く船に曳かれ

施餓鬼の波芥引寄せ引放つ

海までの穢川の舟に偕に乗り

施餓鬼舟より享けよと紅き毬流す

施餓鬼卒塔婆流す入日の波寄り来る

裏返り穢川に施餓鬼卒塔婆の白

施餓鬼幡鉄打つ音にうなだれづめ

落日に群衆が透く川施餓鬼

施餓鬼僧蝙蝠の両つ袖ひろげ

柿盗りの蹠に老の樹のよき瘤

柿盗りを全樹の柿がうちかこみ

柘榴の裂けすでに継げざるまで深く

茸山に入る身を細め身を屈し

これが茸山うつうつ暗く冷やかに