雨多き熊野に来り日も夜もしみじみものの思はるるかな
紫の水晶のごと身の見えぬくらき座敷の七月の朝
語らへば若萱の葉のきはやかに凉しくなびき夕露ぞ降る
紅の砂水いろの砂黄金の砂行けど踏めどもかなし旅人
加茂の水二条あたりの凉しかる薄墨色の橋の下かな
夏痩の手の指などを見てかこつ時夕立の降りいでしかな
加茂川の水を導く石組みぬ源氏の君とわが聴かんため
白き桶三つ四つ置かれ切なげにかなかな鳴ける夏木立かな
小き子らお伽話の神のごと云ふうれしさよ貝がらやれば
青けぶり白き煙とつらなりて上る空より日ぐらしの鳴く
水色の蚊帳の縫目をうち見つつさびしと聞ける朝の雨かな
海の上つりがね草の袋よりやや赤ばみて夕立ぞ降る
さくらんぼ足もとに居ぬ君と乗る馬車の床なる火のさくらんぼ
青玉の耳輪に似たる葉を附けし金蓮草に朝露ぞ置く
黄金の魚水より人をうかがふと見るおもだかの二つ三つかな
夏くれば野の白百合もさんざしもあつき香をもてものを云ふなり
わが愁うす黄の光さす中に蜻蛉となりて舞へる夕ぐれ
わが庭の萱草の葉のなびくをば見る夕ぐれは箱根しのばゆ
みじか夜は稚児めきて明くころころと蛙鳴くなる枕上かな
初夏や耳には聞かぬ轟きのうづまくもとのひなげしの花
六月の木立とがれりためらはず伸びたるものはここちよきかな
美くしき小き魚の遊ぶごと金盞花咲く一坪ばかり
自らを白き罌粟よりいでて吹く夕の風とおもひけるかな
あかしやに柔き芽をはこび来る二月の雨の白き足もと
からたちの垣根も濡るるここちするべに紫の春の夕ぐも