和歌と俳句

與謝野晶子

物思ふ人の境界を描かんとす白く冷たき初秋の水

華やかに縞ある魚を手にもちて秋の磯より走せくる童

若やかに反身をしたる女郎花その前を飛ぶ青き蟷螂

おのが身も秋の御空も澄み通り銀河流るる涙流るる

初秋の雨の踊子美くしや桔梗描きたる燈籠のもと

むらさきの煙も上るここちする蝉の声かな夏木立かな

食卓にメロンの上る日となればこころに沁みぬ森の夕風

八月やセエヌの河岸の花市の上ひややかに朝風ぞ吹く

秋近きリユクサンブルの木下風一人行く日ははかなげに吹く

はかなしと馬追虫をおひ放ち子は籠に飼ふ鉄色の蝉

白くして火よりも熱き香を放つ薔薇を皐月がかたはらに置く

大空も思ひ上れる人なども目に置かぬごと白菊の咲く

薄の穂つひに野沢の水よりも白くめでたくひろごりにけれ

二十六都の北の洞門をくぐれば草に秋風ぞ吹く

しらじらと雲と水との起き出づる浅間の山の朝の渓かな

水の音烈しくなりて日の暮るる山のならはし秋のならはし

浅間山煙するなり人々の高き杖より二尺のうへに

水色の空も来りてひたるなり浅間の山の明星の湯に

悲しけれ信濃の国の高原の薄のうへの落日の舌

山の夜や星に混りてあるごとく高き方にて鳴けるこほろぎ

山の菊かづらのさまに靡くなりたのみあはでは淋しきがため

青やかに松立つ街のめでたけれ白馬に乗れる初春の風

白き羽子心のあがるさまに舞ふ少女子達のつどふ大路に

正月の心の上を戯れて走ると見ゆるひる過ぎの雪

われも云ふ正月の富士高きかな真白きかなと子等に混りて