和歌と俳句

與謝野晶子

夏の風弱げに白き蛾の一つ美くしむとて往き戻りする

人の子は涙を流し朴の花恋することに飽きて香を立つ

柏の葉青くひろごり朴の花甘き匂ひす鳥にならまし

うづだかき銀杏踏みつつ目あぐれば増上寺見ゆ寒き路かな

夕にはもとの蕾に帰るなり花菱草になるよしもがな

火となりてわれに近づく心かとすういとぴいを思ひけるかな

夕立は山国川の岸の田の緑の繻子をもてはやし降る

露草は涙先立つ話をばする萱の葉のかたはらに咲く

雨の日にいぬころ草のささへたる小く白き朝顔の花

若き月翅ふるはせて栴檀の梢にありぬ楼にのぼれば

よそめには盛んなること太陽をしのぐと知らぬ向日葵の花

夏雲の崩れておちし白の罌粟日のかたはしのくれなゐの罌粟

薄絹の裳裾を引けばみづからも雲のここちす秋の夕ぐれ

ひぐらしの声の残るを岩山の夜のしづくと思ひけるかな

悲しくも若さの尽きし身ぞと云ふ今中天に太陽は居て

自らの青き愁にいつしかと秋のつなぎししろがねの糸

一人居てほと息つきぬ神曲の地獄の巻にわれを見出でず

柿さくら童めきても走り寄る落葉の庭の楯形の石

秋の水穂薄ほどのかすかなる銀を引くなり山荘の門

鶏頭は憤怒の王に似たれども池にうつして自らを愛づ

鶏頭のなかに居て見ぬ秋風に涙をこぼす赤き太陽

大空の青きとばりによりそひて人を思へるこすもすの花

おもげにも篝火のしづく夕月の光の中におつる山荘

吊橋に月を見る夜はをかしけれ波のうねりに乗る魚のごと

秋風の吹けばわが身もあはれなり十橋荘のつり橋の上