北原白秋

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10

早や秋、早稲の穂づらを 飛ぶ禽の 一羽二羽軽し 涼風の遠

風そよぐ 早稲の穂づらの 夕あかり 先ゆく人の ふと振りかへる

空は晴れて 蓮と早稲田の 間をゆく 曳舟の子らが 声の遥けさ

空は晴れて 水遥かなり 蓮の花 風間に澄みて 初雁のこゑ

下肥の 舟曳く子らが うしろでも 朝間はすずし 白蓮の花

足の泥 落すひまなみ 藁草履 手にもちて仰ぐ 暁の雁金

足の泥 すすぎゐにけり 蓮の花は すず風の早稲の 穂にあづけつつ

鳰鳥の 葛飾野良の 蓮の雨 笠かたぶけて 来るは誰が子ぞ

はらはらと 雀飛び来る 木槿垣 ふと見ればすずし 白き花二つ

はらはらと 雀逸れゆく 木槿垣 風疾むらし 花の揺れうごく

鶉啼く 粟穂が間の 細り道 三日の月夜に 誰ぞ行き細る

人ひとり 三日の月夜に 行き消えて そのかの畑に 轡虫のこゑ

ぽつぽつと 雀出て来る 残り風 二百十日の 夕空晴れて

大荒れの あとにしみじみ 啼きいづる こほろぎのこゑの あはれさやけさ

父の背に 石鹸つけつつ 母のこと 吾が訊いてゐる 月夜こほろぎ

父の背に 月の光は 幅びろく 隈なけれども 皺ふかく見ゆ

父の肩 眺め眺めて はたはたと 叩けば愛し 月夜こほろぎ

月読の 光明るし 何処やらに 歌ふをきけば 我が幼な謡

ふと時をり 木賊の蔭を 真白き猫 耳立ててをどり 何のけはひ無き

うつつなく 木賊にうつる 秋日の蝶 驚きて立てど 何の気はひ無き

和歌と俳句