北原白秋

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移り来て まだ住みつかず 白藤の この垂り房も みじかかりけり

厨戸の とのもの小米花 闌けにけり 衣干したり 子らがさごろも

春まひる 眞正面の塔の 照りしらむ 廻縁高うして しづかなる土

塔や 五重の端反 うつくしき 春昼にして うかぶ白雲

音きざむ 珠數屋が窗の 板びさし 椎の古葉の つみて久しき

春まひる 隣に聴きて ひそけさよ 珠數みがく子らが 息吹ためつつ

木蘭は 花の立枝の 影濃くて 表にほへり いちじろき照り

木蘭の 花立ちひらく 春日すら ひめもすや人の 珠磨きする

さしなみの 隣につづる 珠の緒の 現なりけに 春はかそけさ

春過ぎて 夏来にけりと おもほゆる 大藤棚の ながき藤浪

墓地前は 石屋が軒を うづみして 白雲木の 花もをはりぬ

白鷺は くちばし黝し うつぶくと うしろしみみに そよぐ冠毛

槇もやや 光る葉がひを 秀に佇ちて 青鷺の群の なにかけうとさ

鶴の巣と 松の根方に 敷く藁は 今朝さやさやし 新の麥稈

松の花 あかる日竝を 巣に群れて 丹頂の雛は 早やあらはなり

脊に負ひて 霰小紋の 両つばさ ほろほろ鳥は 声ふくむ鶏

珠鶏は 頬の瘤赤し 片寄りに みな横向くと ただほろほろに

ほろほろと 啼く珠鶏の こゑきけば 夕日ごもりに なりにたらしも

夕かげの 砂掻きあます くくみごゑ ほろほろ鳥の 連れうごき来る

前廂 ふかきこの家の 門庭は 日の照りあかり 若葉かへるで

石のつま 湿らふ見れば 藍微塵 檀の花の ちりて時あり

和歌と俳句