北原白秋

行く水の目にとどまらぬ青水沫鶺鴒の尾は触れにたりけり

岩づたふ黄の鶺鴒の影見れば冬の明りぞ澄みとほりたる

眼は向ふ大きかぐろき岩づらの上のたぎちのひといろの渦

冬は観て幽かよとぞ思ふ繁に澄む青水沫あれば流るる泡あり

あな清明子らが焚く火の秀は爆ぜて寒暁の空にひるがへり飛ぶ

うすうすに見のほそりつつ落つる影浄蓮の滝もみ冬さびたる

猫越川いまだ堰きあへず網代木のひま疎き榑の寒くひびかふ

この池に映る日かげのはだら照り水馬は黒し弾きつつあり

ほのぼのと南天の花咲きしかばひとつきの酒けさはいただく

ひと株の躑躅の葉叢影うつし土しづかなり午前十一時

庭の木々影は幽けき午過ぎて酒恋しかも郭公徹る

朝ぐもり日の照り来れば奥の嶽南月山に雪ぞかがよふ

このあたり雪はだら消ちあらはなり殺生石のすさまじき膚

風の午後乾燥室に立て竝めてスキーの乾反りひびきたりけり

山かげの君が門田の水さび田はまだ凍みつきてくろき刈株

樹々いまだ影あらはなり我が観るは音ひとつなき心字白蓮の池

よき人の浄き書斎は衝き上げて小蔀が一つ畳が三畳

円刈の幾むら躑躅春あさし早や開けはなつ楽寿楼見ゆ

春もやや角ぐむ葦の葦間より水掻きいづる河童餓鬼はも

春薄氷ちらら揺り越すさざら波河童は愛し眼のみうかがふ

子の河童潜水眼鏡をかけにけり春まだ寒きをさな額髪

仙波沼水もぬるむか春早やも河童の子らは抜手切りそむ

さざれ波照れる春日にをさなどち河童は追へり藻臥束鮒

子の河童春の日永の水曲に泣くなる声は鳰にかも似る

和歌と俳句