北原白秋

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煌煌と 光りて動く 山ひとつ 押し傾けて 来る力はも

煌煌と 光りて深き 巣のなかは 卵ばつかり つまりけるかも

大きなる 手があらはれて 昼深し 上から卵を つかみけるかも

大鴉 一羽渚に 黙ふかし うしろにうごく さざなみの列

大鴉 一羽地に下り 昼深し それを眺めて また一羽来し

寂光の 浜に群れゐる 大鴉 それの真上に また一羽来し

大空の下に しまし伏したり 病鴉 生きて飛び立つ 最後に一羽

水の面に 白きむく犬 姿うつし 口には燃ゆる 紅の肉

丸木橋の 上と下とに 眞白きもの 煌々として 通りけるかも

水の面に 光ひそまり 昼深し ぬつと海亀 息吹きにたり

日ざかりは 巌を動かす 海蛆も ぱつたりと息を ひそめけるかも

鱶は 大地の上は 歩かねば そこにごろりと ころがりにけり

ふかぶかと 眼ひらけば どん底に 何か光りて 渦巻くらしも

盤石に 圧し伏せられし 薔薇の花 石をはねのけ 照深みかも

大空に 何も無ければ 入道雲 むくりむくりと 湧きにけるかも

雪深し 黙みゐたれば 紅の 月いで方と なりにけるかな

思ひきや 霧の晴間の みをつくし 光りゆらめく 河下見れば

朝霧に かぎり知られぬ みをつくし かぎりも知らぬ 恋もするかな

朝霧に 光りゆらめく みをつくし いまだ死なむと 吾が思はなくに

和歌と俳句