北原白秋

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海にゆかば この寂しさも 忘られむ 海にゆかめと うちいでて来ぬ

漕ぎいでて あはれはるばる 来しものか 沖に立つ波 かぎり知られず

われと櫓を われと礼拝む 心なり ひとすぢに水脈を 光らしてゆけば

金色の 飛沫つめたく 天をうつ 大海の波は 悲しかりけり

一心に 舟を漕ぐ男 遥に見ゆ 金色の日が くるくると射し

尿すれば 金の光の ひとすぢが さんさんと落ちて 弾きかへすも

北斎の 天をうつ波 なだれ落ち たちまち不二は 消えてけるかも

飛の魚 強くはばたき 一列 飛びて翔れり くるしきか海が

飛の魚 連て一列 挿櫛の 月形なせば 君の恋しき

躍り入り ひとり泳げば しみじみと 寂しき魚の 臍突きに来ぬ

泳げば 底より足を ひくものあり 人間の足を ひくものあり

大きなる 人あらはれて 目の前に 不意に舟漕ぐ うれしさうれしさ

炎々と 入日目の前 大きなる 静かなる帆に 燃えつきにけり

はてしなく おほらにうねる 海の波 暮れてひもじき 夜となりにけり

舟とめて ひそかにに黙す 闇の中 深海底の 響きこゆる

はてしなき 海の真中に 舟をうけ 泣くに泣かれず われは烏賊釣る

我は烏賊釣る 鼠子のごと そそかしく 悲しき烏賊を 夜もすがら釣る

烏賊釣ると 海の真底の いと暗き ものの動きを 凝視め我居り

あなあはれ 人間闇の 海にゐて 漁火を焚く その火赤しも

和歌と俳句