北原白秋

牡丹花に車ひびかふ春ま昼風塵の中にわれも思はむ

春昼の雨ふりこぼす薄ら雲ややありて明る牡丹の花びら

白牡丹くれなゐ蘊みうやうやしこれの蕾に雨ぞ点ちたる

春日向牡丹香を吐き豊かなり土にはつづく行きあひの蟻

黄の蕊を花心に醸す春うつつ牡丹揺れ合へり百重花瓣

菅畳敷くや小女童がはらばひに髪毛かき垂り両の頬づゑ

栴檀の葉洩日ゆゑにころぶすや子はあなうらにすずしがりゐる

女の童ものいふきけば白百合の花にともあらず内の小蟻に

夜は浅しあをき網戸の灯うつりに野犬面出して黄金虫噛む

女の童朱の蝋とぼしあえかなり颱風の夜の父に持て来し

幼らを海べにやりてしづかなり稗草そよぎ朝は桔梗

雪ぶすま下解けそむる午過ぎは騒ぎおもしろしこの樋その樋

雪面のしろくまぶしき火の光林檎磨りつつ我はゐにけり

観るものに春はかそけさかぎりなし雪片が立つる小さき水の輪

木の股に澄みつつしろき春雪の卵ほどなる玉のやさしさ

波羅蜜多春の彼岸をちらと出て青き蜥蜴は光りたるなり

春撮す何のセットぞ街建てて裏あらはなり芽ぐむ雑木々

銀屏に灯かげしづもるこのひと夜冴えかへる松の風ひびき立つ

銀屏の灯映しろきほとところ明月のごとし春夜今あり

銀屏に映りて冷ゆる白辛夷よに浄らけき春もあるなり

春ながら夜ごと空ゆく風さきをうつらねむらず眉しろき猫

和歌と俳句