北原白秋

ほのあかく花はけむりし庭の合歓風そよぐなり現し実の莢

木々のかぜ目には見つつもおもほえず寒蝉のこゑに秋をおどろく

桔梗はひと花ながら傍歩く雀の素足すずしくかろし

射干の黒きつぶら果光さし痛きゆふばを雀は去にぬ

木星の常のありどの空にして今宵しら雲の湧きゐたりける

秋まさに深井かきさらへあはれなり庖丁と鍋と西瓜が出て来ぬ

歌の道わたくしならず我が坐りつくづくと観居り紫苑桔梗

草は秋ほほゑましもよ日にひかる干菓子をひとつわりていただく

物の空澄みつつあらし秋さなか百舌の高音の来りつらぬく

虫の音の繁かるかなとしろがねの箸そろへをり苑の秋ぐさ

閑けかるかくのごときを我が云ひて黄の橡の夕霧のいろ

夕和ぎて色にあかるき秋霧は川辺の穂田に立つにかあらむ

秋ゆふべたぎつ瀬の音のこもり音のきけばきこゆるこの日和かも

白き猫秋くさむらの照りにをりその葉のそよぎうれしかるらし

月夜よし鉢のささ栗つややけき一つ一つを影ながら噛む

いさぎよき月の光や夜のふけは白髪薄炎なす見ゆ

月にうつ砧と云へば響けりしこのわが村は今宵おきて無し

紅葉にい照り足らへる日のひかり我が家とぞおもふ庭のしづけさ

日の照りて二本あかる黄の銀杏時はららめき茶の間より見ゆ

西よりぞ月冴えまさるこの夜ごろ銀杏のこずゑ葉はひとつなし

雛のこゑ青水無月の空を揺り鵜は育めり梢の照りに

群の雛鵜の棲む松のことごとく糞しろくして炎天杳し

鴨の池かもさはに居て声くらし逆光線に片寄りにける

くわうくわうと鴨は呼べどもよるべなき池のまなかの水の上にして

和歌と俳句