北原白秋

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墓原の 木立に暑き 蝉のこゑ じんじんときこえ 今日も久しき

この暑さ まだし堪ふべし 色褪せて 萼あぢさゐは ほろほろの花

日のほてり はげしけれども 石の間や 細葉のつつじ 株さびにけり

夜目ながら 老木の榎 洩る月の しろがねの網に 狂ふものあり

百日紅 花いち早し 眼はやりて 向ひの墓地の 今朝はすずしさ

風かよふ 百日紅の 花見れば 立秋のけはひ 既にうごけり

對ひ葉の 枝の秀ごとの 紅き花 百日紅の ちらら咲く繼ぐ

門庭を こなたへ咲きて 中垣に 影ちらつかす 百日紅の花

つくつくは ふしひとつ來てゐる 夕つかた 袖垣のうへの 百日紅の花

百日紅 咲きつぐ道は 吾が行きて 利玄分骨の 墓も涼しさ

百日紅 下照る道の 石だたみ 子とひろひつつ 蚊のこゑ暑し

百日紅 滑ら木肌の こぼれ日は 花咲き足らひ いとどしき搖れ

花あかき 百日紅の 下にして 子が立ちとまる 影のみじかさ

この墓を すがしと思へば 差出咲く 向ひの墓の 百日紅のはな

本ごころ さびしき時は ここに來て しじ聴きにけり つくつくはふしのこゑ

花つみて 一荷はのぼる 馬ぐるま 寛永寺坂に 月は照りつつ

この月に 佇む馬の 尻向けて 花屋が前は 露しとどなり

入り廣き 墓地のまともの 宵月夜 風とほじろし 早き葉はちり

墓むらや 月の光の ながるれば こちごちの石の 濡れてはろけさ

本阿彌の 露地出でて來れば 狭霧立ち 月晝のごとし 墓の草原

芒の穂に 小蓼ひるがほ をみなへし 遊び歩かな 月夜よろしみ

和歌と俳句