北原白秋

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雨のあし 秋づきぬらし 椎の葉の 前には見えて ここだみじかき

塗りづくゑ 今朝ひえびえし ペン軸に 蟷螂の眼は たたかれにけり

髓立てて こほろぎあゆむ 畳には 砂糖のこなも 灯に光り沁む

秋の夜は 前の書棚の 素硝子に 煙草火赤し 我が映るなり

目に黒く 木末かがよふ 星月夜 御院殿坂を ひたぶるのぼる

雨たもつ 椎の木ずゑの 土用芽の かすかに星に 光るならむか

小夜中は 五重の塔の はしばしに 影澄みにけり 小糠星屑

金輪際 夜闇に根生ふ 姿なり 五重の塔は 立てりけるかも

立てりけり 星屑たぎる 夜のくだち 五重の塔は 影くきやかに

青のつま 朱の五重の 塔の 今眞闇なり 鷺のしき啼き

星月夜 九輪の塔の 空たかく うち透かし見れば かよふすぢ雲

朝顔に まじるみどりの かもじぐさ ここらの墓の 陰もうれしき

このあした 露おびただし むきむきを 穂に掻き垂れて ゆらら犬蓼

この墓や ゐのころぐさの 穂は濡れて えんまこほろぎも 露まみれなり

うゑまぜて しをりよろしき 秋ぐさの 花のさかりを 見て遊ぶなり

曼珠沙華 莖立しろく なりにけり この花むらも 久しかりにし

彼岸ばな 今はおどろと 巻鬚の 朱もしらけたり 長雨ふりにし

よちよちと 立ちあゆむ子が 白の帽 月のひかりを 搖りこぼしつつ

木蘭の 濃き影見れば 良夜や 月のひかりは 庭にあかりぬ

竹柏の葉と 木蘭の葉の 影交し 月は隣の 家の上に來ぬ

家竝の 高きアンテナ 月の夜は 光りまさりぬ 濡れにけらしも

照る月の 夜空にまよふ あるかなき 薄翅かげろふの 尾は引きにけり

和歌と俳句