北原白秋

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紫蘭咲いて いささか紅き 石の隈 目に見えて涼し 夏さりにけり

うしろ向き 雀紫蘭の 蔭に居り ややに射し入る 朝日の光

月の夜の ましろき躑躅 くぐりくぐり 雉子ひそみたり しだり尾を曳き

燕とまる ただちに揺らめく 楊の枝 時の間水に つきつつ反る

翔り翔る 夕焼つばめ 幾羽つばめ 羽振疾けば 裂尾のみ見ゆ

一羽とまり また一羽とまる 頬紅つばめ 楊はいよよ 揺れにけるかな

つぎつぎに 留れば深し 小枝の揺れ ひた縋りつつ 燕が四五羽

抗み騒ぎ 枝にひた縋る 燕の揺れ 一羽は宙に まだ羽うちつつ

何の芽か 物の芽かをす 雨ゆゑに 今朝ふる雨を めづらしみゐる

枇杷の葉の 葉縁にむすぶ 雨の玉の 一つ一つ揺れて 一つ一つ光る

枇杷の葉の 葉縁にゆるる 雨の玉の あな落ちんとす 光りて落ちたり

かさこそと 蟹匍ひのぼる 竹の縁 すがすがと見つつ 昼寝さめゐる

雨しづく 見のすずしさや 庭の小竹の 揺るるさきより 蟹ころび落つ

蝸牛の 角の秀さきの 白玉は 消なば消ぬべし 振りのこまかさ

上つ葉に ふと角ふれて 蝸牛 驚きにけむ 身ぬちすくめつ

葉蘭の闇に か居らし 息づきつ つとある葉裏の 青う明るは

和歌と俳句