北原白秋

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夏浅き 月夜の野良の 家いくつ 洋燈つけたり 馬鈴薯の花

みそ萩の 花咲く庭の 夕月夜 尻向けて馬屋に 馬這入りをる

月の夜の 堆肥の前の 百合の花 誰ぞや野風呂の 湯気にかがむは

カンナの花 黄なる洋燈の 如くなり 子供出て来よ 背戸の月夜に

月夜よし 厩のうらの 枇杷の木に 啼く鶉ゐて 露しとどなる

夕野良の 小藪が下の 合歓の花 もも色薄う 揺れて霧の雨

夕野良の 小藪が下の 合歓の花 きり雨かかる 雛燕のこゑ

河土手に 蛍の臭ひ すずろなれど 朝間はさびし 月見草の花

月の夜の 堆肥の靄に 飛ぶ蛍 ほつほつと見えて 近き瀬の音

飛ぶ 浅瀬の蛇籠 濡れ濡れて 薄けぶり立てり 月夜明りに

孟宗竹に 孟宗軽く かぶさる里 こんもりと見えて 前の蓮の田

幽かなる 翅立てて飛ぶ 昼の蛍 こんもりと笹は 上をしだれたり

昼ながら 幽かに光る 一つ 孟宗の藪を 出でて消えたり

一つ火の さ緑の 息づき明り 雨しとどふりし 闇を今あがる

和歌と俳句