和歌と俳句

伊藤左千夫

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かまつかをいやしとを云へ秋ふけて色さびぬれば飽なくおもほゆ

秋草のいづれはあれど露霜に痩せし野菊の花をあはれむ

秋ふけて野もさびゆけばみ墓辺に鳴くかこほろぎ訪ふ人もなく

もろこしの秋野や如何に吾夫がみ墓やいかに天つかりがね

天地に悲しき君を一目視ずみ墓も知らず妻と云ふべしや

起臥の朝戸夕戸に声立てて吾悲しみを鳴くかこほろぎ

恵林寺の門の長道二側に栗の並木は落葉せりけり

夕ぐれて霜か狭霧か冬枯の恵林寺の森鳥も鳴なく

汲湯して小舟こぎ行く諏訪少女海の片面は時雨降りつつ

久方の青雲高く八ケ岳峰八つ並ぶ雪のいかしさ

蓼科のみ湯恋ひ来れば隈々に石の御仏道しるべせり

北山の夕照る岡に立つ吾を遠にとりまく信濃群山

冬涸るる華厳の滝の滝壺に百千の氷柱天垂らしたり

立科の山のいただき見ゆるまで甲斐の長路を明日かへりみむ

蓼科の湯の湧く山ゆ掘りきつと言もうれしきとろろ芋汁

国興る年をことほぐ真心は犠と死たる人のために泣く

天地に神ありといふ否をかもいくさのやまむ時の知らなく

炉に近く梅の鉢置けば釜の煮ゆる煙が掛る其梅が枝に

いにしへの聖たくみがつくりたる釜と茶わにと吾いのちなり

牛の児に吾手をやればしが乳房すするさまにし手をすするかも

搾りたる乳飲ましむと吾来れば慕ひあがくもあはれ牛の児

児牛らをませよ放てば尻尾立て庭を輪なりにしばし飛ぶかも

朝戸出に幼きものを携て若葉槐の下きよめすも

うらぐはし風の静けくゆるなべに槐の若葉眉動くなり

ふみかくに倦みており立つ槐蔭月ひむがしの野を出る見ゆ