霧の山 朝わけゆけば 玉煮ると 桂をりたく 美女をこそ思へ
道の辺の 菅家の神の 立砂を ゆふだち流し 霽れにけるかな
春の日の ひらたき海は 青草の 牧と和ぎたり 馬はなつべき
誰れ留めて 春の名残の 歌かかむ こきくれなゐの 七人の帯
語りつと 日記に書くだに はづかしき 言葉ずくなの 人にも逢ひぬ
恋すてふ 秀歌ひとつを 愛でまどひ 少女は死なむ 人を見ぬまに
うれしき日 死ぬと云ふ日に かへりみむ 薄命道を 歩みなれけり
黒髪や 御戒たもつと のたまひし 端厳なりし 終りのかたち
春吹くは 聖天童の しろがねの 矢かぜに似たり 山ざくらちる
遠方の 真水の水曲 あをいろに 明けぬ入江の 朝びきの潮
あはつけき 物懲しらぬ こころもて またも見られむ あはれなる人
美くしき 情なし泥に 珠さぐる ことわりなさを 返り文しぬ
新酒 供米ふた手に ささげたる 女禰宜見ぬ 秋山くれば
うらめしと ふたたび云はぬ 口がため 強ひ給ふ夜の 春の雨かな
野風俗 男のやうに 煙草のむ 少女のむれと ありて雲見る
ぬりごめや かよひの奴婢の ひとつづつ 酒器もてくなる 薄雲の庭
脈うたぬ 手とるおん身の 冷え知らず おはす日おもふ 夕もありぬ
山の霧 君とわかるる 七日目の 鐘きいて居る 京の人かな
尼寺は 藤に鐘つく 春の朝 素湯やまゐらむ 男まろうど
経見れば 紺紙なりけり うばたまの 黒髪に似ぬ 色とし思ふ