和歌と俳句

與謝野晶子

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10

川ばたや かはせみこしと 白き顔 誰れにもの云ふ 青柳ごしに

母と伯母 夜は涙の ながるると 見しり顔する 小さき人よ

もの云はぬ さまは桜の 化石かと 思へおん手の 脈はやき君

思ひ負けぬ やれな事こそ おこりたれ やれな鞍おけ やれ馬まゐれ

ひろびろと 野陣たてたり 萱草は 遠つ代よりの 大族かな

秋の雪 いただきに積み 山石蕗の ひろ葉ひろごり 裾野霜ふる

つよく妬む われなり今日も 猶胸に ほのほはためく 恋のわざはひ

あはれなる 無言の人よ 知らぬ子に 君こがるると 妻は泣かぬに

ふるさとの 家のうしろの 犬よもぎ 白き露する 夕をおもふ

美くしき 人ら海見む むらさきの 雲にならびぬ くれなゐの雲

うつろひぬ 心別れて また見ずと 日記せられむも はたよし牡丹

朝霧は 君が家の上の むらさきの 菁莪をつつむと 見つつ朝ゆく

ひとり寝は ちちと啼くなる 小鼠に 家鳴りどよもし 夜あけぬるかな

凉しくも 抜穂さしたる 黒髪の 人とわたりぬ 野のまろ木橋

羊よぶ われに代りて 角ふく日 あらむと云へど なぐさまぬ人

猶まちぬ 君見る時の よろこびを みづから実の 心とはせで

遠き火事 見るとしもなき のろのろの 人声すなり 亥の刻の街

しぐれふる 真葛が中の 石井筒 ものがたりめき 哀しき家よ

紫に 雲箔したる 帳台を 春風めぐる ひるも寝て居ぬ

大船は 入らず荷足の 小兵づれ 九つ帰る 深川のやど