さしのべて 小櫛ひろはむ つかの間を 君がかりける かひななれども
紀の国の 皐月はうれし 花柑子 つづく畑に 鶴むらの来て
今日栖むは わがものいひに 御言葉に 苦悩おぼゆる 疑の国
小百日 三つ葉せぬゆゑ 朝顔の 暦くるなり さみだれの家
男体の 春の神とも 仰がるる 白馬の君を 思ひそめてき
よき歌の おほくを問はれ 語り居ぬ 知る人の名に 下ゑみつつも
京の画に 朱砂して押しぬ あらし山 蘆手ほどよく 歌かき給へ
菩提樹の 木間の寺に 恋びとの 往ぬとぞおもふ 白き羽の鳩
むらさきの 藤しづれきぬ あづま屋に 寝し夜の朝の ねくたれ髪に
うしと云へ 人をまつなり 夕されば かをる衣と 着かへなどして
みなし子は 微運の相を 見るかやと うらなつかしき 目も憎みける
わすれめや 大並蔵の かたかげの 火の見に遠く 海を見る家
ふるさとを 夢みるらしき 花うばら 野風の中に おもかげすなれ
まじものも 夢もよりこぬ 白日に 涙ながれぬ 血のぼぜければ
二三片 御寝の床に そよ風の 来しと申しぬ やまざくら花
袈裟の下の 白衣の肩は 木蓮の 花より艶に 見えたまふかな
百合をるる 雨は暴雨と 云ひつべき 赤城の山の 八月の路
刹那とや われわが胸を ことやうに 判じてあらむ 間なしとばかり
性骨の つたなさゆゑに はづかしき 憂きことあまた 見ると思ひぬ
美くしき 夕くれなゐの 中に見ぬ こひしき船の 大き帆ばしら