玉蜀黍の 穂は思ふこと なきやうに 夕日の風に 揺り眠るかな
蟲が来て ランプに鳴きぬ 夜の室の 古き畳に 寝反れる子どもら
萱草花の 夕日の川に 出でしとき 別れは其所に 待ちてありけり
夕日の朱を 吸ひ盛る くわんざうの 花に男は あはれなりけり
山にして はや秋らしく 鳴く蟲を 抱きてやりたき 宵ごころかな
山にして 蟲なくなべに 峡の底 家も沈みて 行く心地かも
夕白く 河原母子草の うち靡く 川はらに来て 見るさびしさよ
畑の上 黄の蔓枯れの いちじるく 夕にほひつつ 黒ずみにけり
向じ家の 南瓜の花は 屋根をこえて 延び来るかな 黄の花を向けて
暗しくらし かの唐茄子の 花底に 蜜吸ふ虻も くさり居るらん
丘のうねり 暮れ靡くかな 夕焼の 雲の下には 街の灯見ゆれ
武蔵野の 芒の梟 買ひに来て おそかりしかば 灯ともしたり
暮れて洗ふ 大根の白さ 土低く 武蔵野の闇は ひろがりて居り
丘陵の 芒見ゆるに うれしくて 家のことはや 思ひ居るかも
大根こぐ 少女を見れば 丘の其所に 我が家も近く ある心地かな
まこと我を 待ちてありやと 冬の木の 日ぐれの國の なつかしきからに
大根も 秋菜も漬けぬ 村の女は 庭べの土に 栗をうづめぬ
柿の皮 剥きてしまへば 茶をいれぬ 夜の長きこそ うれしかりけれ
夜寒の手 栗を焼きたる 真白き手 さびしかりし手 うれしかりし手
丘陵の 冬の林を 裂くやうに 白樺の幹 夕幾條も
一と平 芒黄いろの 日のたまり 林を出でし 身のけはひかな
道のへの 石のかげには いち日の 露消えずあり わが歩みかな
いと長き 冬よりさめて ささやけき 波は寂しく 動きたるかな
五六本 榛の若芽の ふく見つつ おのが胸べに 手をさはるなり
廣き囲炉裏 女の眼には 春ふかき 萌黄の雨の しみて来るなり