和歌と俳句

島木赤彦

國土もはてしとぞ思ふ入海の向うに低き段段畠

山かひに入江は照れりわが友の命を見むと我は急ぐに

坐りゐて耳にきこゆるのこゑ命もつもののなどか短き

長崎の低山並みにはさまれる海遠白し明けそめにけり

古りにける港の道の甃明くれば暑く日は照りにけり

唐寺の古りにし庭になけり心ひそけく我は来にけり

草枯丘いくつも越えて来つれども蓼科山はなほ丘の上にあり

さしのぼる日のかげうすしあしたより風疾く吹く冬田の面

あしたより曇りかさなりて暗くなれる冬田の面に音する木枯

桐の花も散りがたとなれる裏畑に朝一ととき下り立ちにけり

日のあたる埴山を見れば柔かくひろがりにけり檪の若葉

五月雨にいく日も降りて田の中の湯あみどころに水つかむとす

みどり子の肥え太りたる腕短したたに歓びて湯をたたき居り

湯をあがりてしまらくいこふわが肌の冷えいちじるく梅雨ふけにけり

五月雨の小止みとなりしひまもなし桑原とほく音して降り来

昨夜いねし野の宿の戸を明けて見れば蕎麦の花咲けりませ垣の外に

戸をあけて即ち向ふ落葉松のしげりを透す朝日の光

この朝の風に吹かるる霧うすし霑れつつ動く桔梗の莟

からまつの木立をしげみ夏蕎麦の花さく畑に朝日あたらず

赤松のうへなる雲の峰にひびきて鳴けり蝉のもろ声

童子が手にもて来つる渋き茶を畳におきて心寂しむ

旧道の草穂に出でて歩みにくし富士見峠の家に来にけり

雲の海のまなかにありて足につく土の埃をはらひけるかも

日出づれば即ち暑しあかつきの雲の散りばふ赤松林

畑の上に掘り出されたる馬鈴薯の土ながらなる色の美しさ

畑の上に堆くして積まれたる馬鈴薯の肌いまだ乾かず