夕ぐれのすずしさ早し山畑をめぐる林の蜩のこゑ
限りなく晴れたる空や秋草の花野にとほき蓼科の山
光さへ身に沁むころとなりにけり時雨にぬれしわが庭の土
この朝け戸をあけて見れば裏山の裾まで白く雪ふりにけり
檪葉にふりける雪は照りかげり寒き光に雫すらしも
湖べ田の稲は刈られてうちよする波の秀だちの目に立つこのごろ
師走風吹きまくままに湖の波の濁りをあげて夕ぐれにけり
一と時の日ざし明るし波の起き伏しに静かにゐる鴨
星月夜さやかに照れり風なぎて波なほ騒ぐ湖の音
あけて見る小窓のそとは冬田なり荒るる湖より家鴨歩み来
福寿草の鉢をおきかふる幼子や縁がはのうへに移る日を追ひて
福寿草のかたき莟にほの見ゆる紫寒し日あたりにつつ
福寿草の莟いとほしむ幼な子や夜は囲炉裏の火にあててをり
冬ふかみ霜焼けしたる杉の葉に一と時明き夕日のひかり
腹のものを反し哺む親鳩のふるまひかなし生けるものゆゑ
朝の日の窓にうすしと思ひしは春雨はれて靄の立つなり
紅梅の花にふりけるあわ雪は水をふくみて解けそめにけり
山々の落葉松の芽は久しけれ漸くにして緑となりぬ
朝々の光すがしも向山にほろがりおそき檪のわか葉
あかねさす昼のあひだの月うすし風吹きわたる楢若葉山
はやて風枝ながら揺る柿の實のつぶらつぶらにいまだ青けれ
ただ一つのこるダリヤの花見ればくづるるに近し紅の色
朝ごとに庭の胡桃樹の下土におのづから落ちてある果を拾ふ
土に落つる胡桃の皮はもろくしてあらはにまろぶ果さへ目に見つ
松風に時雨のあめのまじるらし騒がしくして小夜ふけにけり