和歌と俳句

島木赤彦

春雨のなかより見れば葦原の奥つ山にはみ雪降りたり

山なかに下駄はきかへぬ萱草のここだ芽をふく日向に疲れて

枯芝原よべ降りし雪のとけしかば辛夷の花は雫してあり

旧道ののぼりくだりを行きしかば雉子鳴くもよ草山の上に

たまさかに妻と言語り時惜しみ春の夜なかの雉なく聞ゆ

古池に藻の草ふかく沈みたり寒けくもあるか白梅の花

白梅の花明るくて古池に搖るる光りのけはひこそすれ

夜おそくわが手を洗ふ縁のうへに匂ひ来るは胡桃の花か

遠空の山根に白く雲たまり著しもよ梅雨あがりの雲

故郷に夜おそく入り梅雨がふる夜汽車の窓に流れつつ降る

汽車のなかに来つる夏野の青羽蟲爪もて弾き飛ばしつるかも

丘の上に白き馬ひく人見えず白き馬行く夏草の中を

藪のなか露にぬれたる掌をひらき木瓜の青果を見せたり我子は

雨やみし露のしづくの草明りすかんぽの穂の長く伸びたり

来て見ればおくつきのへの隠り水あさざの花は過ぎしにやあらむ

たまさかに吾がまゐりこしおくつきの松葉牡丹の花さかりなり

人間の我の願ひはいと脆し夜は明けはなる朝顔の花

朝顔の花に向ひて不覚なる涙と思へど疲れて流るる

咲き盛る朝顔の露にさはりたりほとほと夜は明けむとするも

電燈に照らされてゐる朝顔の紺いろの花暁近づけり

曇天の池一ぱいに蓮の葉立ち搖れもこそせね紅のはちす

ぽつかりと朝の曇りに花ひらく紅蓮華こそ大きかりけれ

蓮葉の廣葉のかげのこもり水光るともなし朝の曇りに

咲き満てる蓮の花の曇り久し上野山より鐘鳴り響く

はすの花ひらきそろひて寂しけれ羽をすぼめ来る一羽の燕