和歌と俳句

島木赤彦

あな悲し原稿のつづき思ひたまふ胃の腑には血の出でませり

硝子窓の外の面くれなゐの南天に雀動きて冬の日かげる

一人して病の床に横はる日かず思へば冬至に近し

わが友の処方の薬口にふくみ直に寂しき冬日は傾く

歳末の宿人皆國にかへりたり寂しと言ひぬ君に向ひて

膝の上に抱き上げたる兒の動き心現しく愛しむらしも

窓さきの冬木あかるく日の照れる束の間も時往くものか

時の往きひまなきものか一つ木の雪のなかなる幽けき光

かぎろひの夕となれば縁にたまる吹雪を踏みて別れつるかも

街の木の若芽の萌黄風は吹き明るき昼に一人し長息く

若葉のかげ漸く深し桐の花日ねもす落ちて人はかへらぬ

麦の穂に背丈かくるる幼子よ憂ひはなくて何地か行かむ

垂りてのぼりてゆきぬ五月雨の雲暗く行く上富坂町

いそがしく下駄のよごれを拭ひつつ背中のを冷たく思ふ

棕櫚の葉の高きひろがりに降りそそぐ雨いやしげき日ぐれとなれり

わが病癒えずと知らば歎くべみ夜ふけて妻に告げにけるかも

日もすがら若葉のうへの曇り空暮るれば赤き月出にけり

馬鈴薯買ひて妻かへり来ぬ澤窪の若葉くもれる夕月夜の道

五月雨になりたるならむ街うらににほひ著るき野茨の花

護国寺の池に捕り来しおたまじゃくし動き止まざるを子らと見て居り

小夜ふけて青葉の空の雨もよひ光り乏しく月傾きぬ

月くもる青葉の道は寂しきか唄をうたひて通る人あり

古りにし佛の御堂にまゐり来ればは熟れぬ道のうへの木に

七月の旱天久しみ埃ふかき街なかの木に熟れたり

善光寺山門下の家々に木垂るは黄に熟れにけり