和歌と俳句

島木赤彦

母を奉じて信濃の國の古寺に遠来ましつる命をぞ思ふ

老ゆるもの子に従ひて尊けれ信濃の寺に遠く来ませり

御佛のみ庭に花の散るひまも母に随ひて心惜しまむ

老母は尊くいまし給ふけれ黙に安らかに君がまにまに

谷寒み紅葉すがれし岩が根に色深みたる竜胆の花

岩が根に早旦ありける霜とけて紫深しりんだうの花

霜とけてぬれたる岩の光寒し根をからみ咲くりんだうの花

岩が根に小指もて引く竜胆は根さへもろくて土をこぼせり

一と俵今年の米を碓にひきて冬構へするわが家のうち

雪の山さやかにうつるみづうみに暁の動きゐる見ゆ

山北の峡の雪の消えやらず冬至に近くなれるこのごろ

落葉かく林の入りの山白く雪ぞ降りける昨夜のあひだに

谷川の氷砕きて顔洗ふ村の人々に年明けわたる

年明くるあしたの日ざし届きけり雪に埋もるる谷々の家

軒の氷柱障子に明かく影をして昼の飯食ふころとなりけり

天龍の川ひろくなりて竹多し朝は霧の凍りつき見ゆ

霧のなかに電車止まりてやや長し耳に響かふ天龍川の音

西吹くや富士の高根にゐる雲の片寄りにつつ一日たゆたふ

富士が根に夕日残りて風疾し靡きに靡く竹むらの原

葦枯れのいづれの山を人に問ひても天城の山のつづきなりといふ

磯山の椿の花は咲けれどもいまだ寒けし大海の色

土肥の山に二日ありける雪とけて風なほ寒し海あれの音

八木澤の山下海に檪葉の古葉の落つる春に向ひぬ

土肥の海榜ぎ出でて見れば白雪を天に懸けたり富士の高根は

富士が根はさはるものなし久方の天ゆ傾きて海に至るまで