和歌と俳句

島木赤彦

見ゆる限り山の連りの雪白し初日の光さしそめにけり

落葉松の芽ぶきは早しこの山の谷の底ひに雪残りつつ

庭の松四方に伸びて土を偃へり老いたるものに霜のさやけさ

村一つ野中に寂し八ケ岳を埋めつくしたる雲下るなり

汽車の窓にふる霜久し経本の折本よみてゐる少女あり

経よみつつ眠れる姉の鼻の孔へ紙撚をさしぬあはれ女童

はだら雪降りける松のあひだより覗き見にけり天龍の川

小夜更けてたぎつ早瀬の鳴りわたる川の向うか伊那節の声

今にして我は思ふいたづきをおもひ顧ることもなかりき

あしたより日かげさしいる枕べの福寿草の花皆開きけり

朝日かげさしの光のすがしさや一群だちの福寿草の花

生き乍ら瘠せはてにけるみ佛を己れみづから拝みまうす

或る日わが庭のくるみに囀りし小雀来らず冴え返りつつ

隣室に書よむ子らの声きけば心に沁みて生きたかりけり

春雨の日ねもすふれば杉むらの下生の笹もうるほひにけり

信濃路はいつ春にならん夕づく日入りてしまらく黄なる空のいろ

わが村の山下湖の氷とけぬ柳萌えぬと聞くがこほしさ

信濃路に帰り来りてうれしけれ黄に透りたる漬菜の色は

風呂桶にさはらふ我の背の骨の斯く現れてありと思へや

魂はいづれの空に行くならん我に用なきことを思ひ居り

この頃の我の楽しみは飯をへてあつき湯をのむ漬菜かみつつ

漬菜かみて湯をのむひまもたへがたく我は苦しむ馴れにしやあらむ

箸をもて我妻は我を育めり仔とりの如く口開く吾は

たまさかに吾をはなれて妻子らは茶をのみ合へよ心休めに

我が家の犬はいづこにゆきぬらむ今宵も思ひいでて眠れる