白雲の出雲の寺の鐘一つ恋ひて行きけむ命をぞ思ふ
釣鐘を爪だたきつつ聞きにけむ音も命もかへることなし
病中記虫眼鏡もて讀みにけり細かに至るあはれ御こころ
年の立つあしたの床に筆とりて芋の肥料を母に言ひつる
秋早く稲は刈られてみちのくの鳥海山に雪ふりにけり
みちのくの谷川はたのし杉黒し茂吉が生れし家の屋根見ゆ
栗原の素枯れ紅葉の道さむく田澤の湖に下り行くなり
武蔵野原枯れゆくころは町中の庭に小禽の来て鳴きにけり
風邪ひきて心ゆるやかになりにけり昨日も今日もおほく眠りぬ
幼子が母に甘ゆる笑み面の吾をも笑まして言忘らすも
秋ふけて色ふかみゆく櫟生の光寂しく思ほゆるかも
この真昼硝子の窓の青むまで小春の空の澄みにけるかな
胡桃の實もてば手に染む青皮のひほひも親し秋さりにけり
雪をかむる山の起き伏し限りなし日に日に空の澄みまさりつつ
冬にして日和のつづく庭の上に山椒の實は色づきにけり
柿の葉はいまだ落ちねば折りをりに時雨のあめは音たてにけり
霧の上に遠山の端の見えそめて小春の日和定らむとす
柿の葉は色づかずして落ちにけり俄かに深き霜や至りし
草の家に柿をおくべき所なし縁に盛りあげて明るく思ほゆ
蜂屋柿大き小さき盛りあげて心明るく眺めわが居り
柿の實を摘むこと遅し故郷の高嶺に雪の見ゆる頃まで
柿の木の上より物を言ひにけり道を通るは皆村の人
わが門の道行く人は音たてて柿の落葉を踏みにけるかも
前山の芒を刈りて光さむし巖のむれの現れにけり
前山の芒にのこる夕づく日今宵も早く霜や至らむ