癒えがたきおのが病を思ひつつ出雲の山の道は行きけむ
伊那颪いたく吹く日は海べ田の温泉どころに波打ちにけり
木枯の吹きしくままに濁りたる湖の波高まりにけり
古き籠に書物と著を詰め入れて吾子は試験に旅立ちにけり
曇りつつ雨ふるらしき夕ぐれの縁に出で立ちて背伸びせりけり
海に入る谷川の水浅き瀬にいささ蟹はふ夏となりけり
清らかなる山の水かも蟹とると石をおこせば砂の流らふ
谷あひの小川の草は短くて蛍の生れむにほひこそすれ
踊り止みて静かなる夜となりにけり町を流るる木曽川の音
佛法僧一声を聞かむ福島の町の夜空に黒きは山なり
この谷の若葉はおそし御嶽のみ雪はだらになほ残りつつ
夏にして御嶽山に残りたる雪の白斑は照りにけるかな
谿の上にやや開きたる空青し雪山の秀の現れにけり
やや暫し御嶽山の雪照りて谿の曇りは移ろひにけり
木曾谷の雲を隔てて相向ふ二つの山の雪斑らなり
谷川の音さやかなり高木より咲きて垂りたる藤波の花
谷川の水はやくして藤波の花をゆすぶる風吹きにけり
谷の空雲剥ぐること疾くして雨は若葉に照りにけるかも
山人は蕨を折りて岩が根の細径をのぼり帰りゆくなり
石楠は寂しき花か谷あひの岩垣淵に影うつりつつ
石楠の花にしまらく照れる日は向うの谷に入りにけるかな
夕ぐるる谷川はたに石楠の花を折らむとするが幽けさ
谷なかに檜きづくりの小屋一つ心静まりて我は眠らむ
谷川に米を磨ぎたる宿の子の木の間がくり帰り来るなり
佛法僧鳥啼く時おそし谷川の音の響かふ山の夜空に