和歌と俳句

蕨 わらび

一葉
おくれたる友の為にとしをりして谷間の蕨折り残しけり

子規
蕨売る子よ言問ん大原の八瀬の尼君恙まさずや

子規
その昔ありし二人のはらからが摘みのこしけん痩わらびかも

早蕨の拳伸び行く日永哉 漱石

子規
土がたの 人造りゐる かたはらに 盆に載せたる さわらび十把

左千夫
つつじ咲く小松が岡に蕨とり心のどにして君をしぞ思ふ

茂吉
早蕨の萌えづる山にうつせみの命足りつつ老いゆきにけり

松風のごうごうと吹くや蕨取り 鬼城

高野山春たけなはのわらびかな 蛇笏

杉の葉をふすべて廚に蕨あり 石鼎

山住は日ぐれかなしき蕨かな 石鼎

利玄
岨みちの蕨折りためゆきしかば手つめたしも山のさ霧に

一鷹を生む山風や蕨伸ぶ 蛇笏

早蕨を誰がもたらせし廚かな 虚子

真下なる天龍川や蕨狩 風生

さしのぞく海の碧りや蕨山 橙黄子

赤彦
山人は蕨を折りて岩が根の細径をのぼり帰りゆくなり

白秋
早蕨の柔毛の渦の渦巻は萌えづるただち巻きにけらしも

峠路やわらびたけてぼうぼうの山 犀星

そぞろ出て蕨とるなり老夫婦 茅舎

早蕨や裾田ひかりてよき日和 誓子

金色の仏ぞおはす蕨かな 秋櫻子

茂吉
朝々に 味噌汁にして 食ふ蕨は 奥山より採りこし 蕨にあらず

茂吉
けふの朝 買ひし蕨は 浅山より 採りきて売りたるものならむ

家づとの蕨を賣れる興瀬の町 青邨

門ふさぐ蕨の荷あり浄瑠璃寺 辰之助

日輪に杣従へる蕨かな 石鼎

早蕨や牛は乳房を美しく 喜舟

早蕨や御所のお池の中島に 喜舟

早蕨や狐の穴もうらゝかに 喜舟

蕨がもう売られてゐる 山頭火

雪渓のとけてとどろく蕨かな 楸邨

茂吉
あさなゆふな 食ひつつ心 楽しかり 信濃のわらび みちのくの蕨

のぼり来てなかなか高し蕨山 花蓑

遠山は蕨の茎の下にあり 花蓑

蘆の湖の湛へしづかに初蕨 秋櫻子

みづうみをこえくる雨や初蕨 秋櫻子

双塔の古りつゝ山は蕨もゆ 草堂

天城嶺の雨気に巻きあふ蕨かな 水巴

蕨折れば岩は岩にと帰しにけり 草田男

茂吉
おとろへし 歯をはげまして 常陸あがた 山形あがたの 蕨をくひぬ

蕨狩して退屈な日を送る みどり女

蕨背に湯の山道を下り来る 虚子

姉の留守妹が炊ぐ蕨飯 虚子

蕨飯出来るといふを待つことに 立子

蕨飯たいてゐる間をごりの汁 立子

蕨餅たうべ乍らの雨宿り 久女

会釈して通る里人蕨摘む 久女

焼けあとの蕨は太し二三本 久女

道ばたに早蕨賣るや御室道 素十

月日過ぐ蕨も長けしこと思へば 誓子