和歌と俳句

樋口一葉

おりたちし和歌の浦わのあだ波に人の藻屑とならんとや見し

分けいればまづなげきこそこられけれしをりも知らぬ文の林に

なとり川瀬々のうもれ木それすらも世にあらはるゝ時はありけり

落ちたぎち岩にくだけて谷川のそこには塵もとゞめざりけり

春浅き園の若草若ければおふしもたてよつみはゆるして

うかれてはたぬも鼓やうち添へむ初午まつるもりのみやしろ

いざさらばなき名とり川このままにぬれ衣にしてやみぬべきかは

さらしな姨捨山の月ふけてわが世の秋は見る人もなし

さざ波やしがの都のいにしへのおもかげうすく立つかな

鶯の声する春になりにけりうき世の花は知らぬいほりも

見わたしの林はかすむ春雨に野みちしめりて梅が香ぞする

さらばとて立ち出がたし月の瀬のうめのたよりは告げて来つれど

青柳のなびくを見れば谷川の水のも春はうかびそめけり

おくれたる友の為にとしをりして谷間の折り残しけり

すみだ河いく朝露にぬれつらん桜の色に袖やそまると

朝露のかかるありきもならひつれ岡辺のはなゆゑにこそ

風ふかば今も散るべき身を知らで花よしばしとものいそぎする

さくら花さそふ嵐の音きけばわが心さへみだれぬるかな

うもれ井のうもれて過す春の日をおもしろげにも鳴く蛙かな

春風は吹くとなけれど菜の花の上なる蝶を立たせつるかな

咲く花に人はくるひて見かへらぬ山した庵の春のよの月

小しば垣わが庵ながらおもしろし花散りかかるはるのよの月

かへるさは朧月夜のかげもありまとゐのむしろよしふけぬとも

おもふことすこし洩らさん友もがなうかれてみたき朧月夜に

何事のおもひありやと問ふほどの友得まほしき春のよの月