和歌と俳句

樋口一葉

春雨はのきの玉水たえだえに音もとぎれて夜はふけにけり

あれきけと人呼びおこす程もなし初時鳥よはの一こゑ

柴の戸のあけくれなれてきく頃はほととぎすともいふ人のなき

ほととぎす啼きて過ぎゆく山寺の軒端に高し有明の月

おもふ事おいはねば知らじ口なしの花のいろよきもとのこゝろも

我がおもふ人の宿には無くもがなかはりやすかるあぢさゐの花

ひきさししねやのつま琴かげみえて伊予簾のそとをゆくかな

板びさしあれてもりくる月かげにうつるも涼しゆふがおの花

われはさは恋する身なり人ごとにきけるが如き物おもひそふ

うしとてもいかゞはすべき世の中はそむきかぬるぞ重荷なりける

まろびあふはちすの露のたまさかはまことにそまる色もありつや

何をして今日まであだに過しけん今年もそよぐ秋の初かぜ

いとどしく野分の風ぞいたましきうゑてほどなき庭の萩原

おのづからこぼれて生ひし種ぞとは見えぬ垣根のあさがほの花

中々にあれし垣根ぞおもしろきはひまつはれる朝顔の花

うちあふぐそらにこゑして過ぐるかなたよりやいづら天つ雁がね

なきよわる庭ののねたえだえに夜はあけがたが悲しかりけり

色もなきみ山がくれのひの木原もゆるおもひはありけるものを

うなゐ子が小川に流す笹舟のたはぶれに世をゆく身なりけり

寂しさもまぎれなくこそなりにけれ更けてさやけきこほろぎの声

よそにきく逢坂山ぞうらめしきわれは雲居のとほき隔てを

めの前にかはるこころも知らずしてまたあすの日を契るはかなさ

はゞかりはたが人目にかしら河の関路よりこそあきは立つなれ

つまごひのきゞすの鳴く音鹿の声こゝもうき世のさがの奥なり

有明の月かげ残る庭草の露にわかるるの声かな