和歌と俳句

樋口一葉

小車の 跡こそみゆれ 夕がほの 花咲にほふ 賎が門べに

打たえて 花の折にも うとかりし 人こそきつれ 夏の夕暮

葉がくれに 一花咲きし 朝がほの 垣根よりこそ 秋は立ちけれ

とはるるは おもひたえたる 我がやどを 猶おどろかす をぎの上風

山のはの 梢ほのかに みゆるかな 今か出づらん 秋の夜の月

かゝげても 猶かげくらし 燈火も うき世をいとふ 心なるらん

竹馬の むかしがたりに 夜は更けぬ たゞかりそめに 訪ふとせしかど

さわがしき 市のうちなは 住みながら 心にちりは すゑぬ宿かな

よの人の たからとめづる 玉も猶 みがきて後の 名にこそ有けれ

谷川の 早き流に うつりても 山のすがたは のどけかりけり

大かたの 夜寒知られて から衣うつ音すなり 北に南に

今きつる ふもとの方は 又晴れて しぐれと共に 行く山路かな

吹く風の さそふともなき 暁の 月のかげより ちる木葉かな

ますかがみ 半くもりし 心地して 氷りもはてぬ 庭の池水

かしの実も 共にまじりて 山かげの 庭の小ざさに 降るかな

梅が香の 身にしむばかり 夜も更けぬ 契りし友を 待つとせし間に

立帰り ふたたび花の かげや見ん 月になりたる 岡ごえの道

今はとて こぎかへるべき しほもなし 花のかげ行く 春の川舟

咲きををる 藤の花ぶさ なびかして けさ吹く風に 夏は来にけり

思ひ寝の ゆめかとぞおもふ ほととぎす 待ちつかれたる 夜半の一こゑ

行けど行けど 心のはても なかりけり 月おもしろき 野路の萩原

我ばかり ねられぬ夜半と おもひしに 隣の宿も 衣うつなり

嬉しくも ひとりおくれて 見つるかな 夕日に匂ふ 山のもみぢ葉

其人の 上としいへば よそながら 世にかたるさへ 嬉しかりけり

心から すめばこそあれ 空蝉の 世にあるかひも なきいほりかな