和歌と俳句

樋口一葉

故郷にかへる心やいそぐらん友も待ちあへぬ春のかりがね

折々に散るものどけし春雨のはれたる軒の山桜ばな

立ちまよふちりをしづめて桜花雨の後こそ色まさりけれ

よの人の心の色にくらぶればのさかりは久しかりけり

初瀬山入相のかねに桜ちる夕べは春も寂しかりけり

夕月夜うかびそめたる里河のほそき流に蛙なくなり

品高きここちこそすれ藤なみのなみにはあらぬ花の色かな

行く春を送るとなしに旅衣さそはれてこそ立そめにけれ

春も今日暮れぬとつぐる山寺のかねのひびきに散る桜かな

我いほにむかふ外山の花の上に月を残して夜は明けんとす

人伝もうたがはれけり子規わがまだ聞かぬ心ならひに

飛鳥川あすは知らねど水色に今日はにほへるあぢさゐの花

なすこともあらぬにはあらずありながら暮らしわづらふ梅雨の窓

世の中を木がくれてすむ宿なれど猶かしましき蝉の声かな

暮ぬとてをしむ人なき夏の日を何のなみだの雨とふるらむ

まふ蝶のかげさへ寂しひとりすむみ山の庵の秋萩の花

いで我も打いそがばや隣には今宵きぬたの音ぞきこゆる

神無月しぐれてさむき袖がきになほ盛なる白菊の花

いかのぼり市にもとむる子らのみはとしの終も嬉しかるらん

あらたまの年の若水くむ今朝はそぞろにものの嬉しかりけり

色かへぬまつの林にまじりてはのこる紅葉も寂しかりけり

立ち渡る霞をみれば足引きの山にも野にも春は来にけむ

うれしくもわがものにして聞てけりこのあかつきの鶯の声

暮れぬとて帰りし友のをしきかな梅の林は月になりしを

おぼろおぼろ月はかすみて我が岡の梅遠じろくみゆる夜半かな