和歌と俳句

初瀬

山前王
こもりくの泊瀬娘子が手に巻ける玉は乱れてありと言はずやも

山前王
かわかぜの寒き泊瀬を嘆きつつ君があるくに似る人も逢へや

人麻呂歌集
泊瀬川夕渡り来て吾妹子が家のかな門に近づきにけり

人麻呂
こもりくの泊瀬の山の山の際にいさよふ雪は妹にかもあらむ

泊瀬川白木綿花に落ちたぎつ瀬をさやけみと見に来し我れ

泊瀬川流るる水脈の瀬を早みゐで越す波の音の清けく

さざれ波浮きて流るる泊瀬川寄るべき磯のなきが寂しさ

こもりくの泊瀬小国に妻しあれば石は踏めどもなほし来にけり

古歌集
こもりくの泊瀬の山に照る月は満ち欠けしけり人の常なき

大伴坂上郎女
こもりくの泊瀬の山は色づきぬしぐれの雨は降りにけらしも


匡房
初瀬山くもゐに花のさきぬれば天の川波たつかとぞ見る

仲実
夕づく日 さす夕暮れに 見渡せば 雲ぞかかれる を初瀬の山

詞花集 源兼昌
夕霧にこずゑもみえずはつせ山いりあひの鐘の音ばかりして

千載集・恋小倉百人一首 源俊頼
うかりける人を初瀬の山おろしよはげしかれとは祈らぬものを

頼政
山桜 散りにけりとは 初瀬川 すゑくむ里の 人や知るらむ

清輔
はつせ山 峰のやどなる 旅寝には 枕よりこそ 月はいでけれ

清輔
初瀬川 谷かくれゆく さざれ水 あさましくても すみわたるかな

千載集・春 藤原重家
を初瀬の花のさかりを見わたせば霞にまがふ峯の白雲

千載集・雑歌 藤原有家
初瀬山いりあひの鐘をきくたびに昔の遠くなるぞかなしき

俊成
隠らくの初瀬の山は白雲の峯にたなびく名にこそありけれ

西行
郭公ききにとてしもこもらねど初瀬の山はたよりありけり

寂蓮
けふもまた 三輪の杉むら ゆきくらし 花にわけいる をはつせの山

続後撰集・恋 寂連
契りきな また忘れずよ 初瀬川 ふるかはのべの ふたもとの杉

新古今集・冬 後徳大寺左大臣実定
いしばしる初瀬の川のなみ枕はやくも年の暮れにけるかな

良経
尋ねてぞ花としりぬる初瀬山かすみのおくに見えし白雲

良経
雲にふす人の心ぞ知られぬる今日を初瀬の奥の山もと

定家
年も経ぬいのるちぎりははつせ山尾上のかねのよその夕ぐれ

新勅撰集・春 良経
花はみな霞の底に移ろひて雲にいろつくを初瀬の山

定家
かねのおとも 花のかをりに なりはてぬ をはつせやまの 春のあけぼの

良経
初瀬山をのへの鐘の明け方に花よりしらむ横雲の空

雅経
はつせやま いりあひの鐘の 音までも うちしめりたる さみだれのころ

慈円
いりあひの おとは霞に うづもれて 花こそなけれ をはつせの山

定家
はつせやま かたぶく月も ほのぼのと かすみにもるる かねのおとかな

定家
いつも見し松の色かは初瀬山さくらにもるる春のひとしほ

定家
今日こそは秋は初瀬の山おろしに涼しくひびく鐘のおとかな

良経
初瀬山うつろふ花に春暮れてまがひし雲ぞ峯に残れる

良経
落ちたぎつ岩間うちいづる初瀬川はつはるかぜや氷とくらむ

良経
初瀬山花に春風ふきはてて雲なき峰に有明の月

定家
桜花さきぬやいまだしらくものはるかにかをるを初瀬の山

定家
春の花 雲のにほひに はつせやま かはらぬ色ぞ そらにうつろふ

新古今集 良経
初瀬山うつろふ花に春暮れてまがひし雲ぞ峯にのこれる

俊成
はつせやま夜深き鐘におどろけば旅寝の床も霜ぞ冴えける

良経
はつせやま花に憂きよや残すらむ庵あはれなる春のこのもと

良経
おどろかす入相の鐘にながむれはけふまでかすむを泊瀬の山

良経
鐘の音に泊瀬の檜原たづねきてわくるこのまに有明の月

良経
のがれ住むを初瀬山の苔のそで花の上にや雲にふすらむ

良経
初瀬川 ゐでこす波の 岩のうへに おのれくだけて 人ぞ恋ひしき

良経
初瀬川 なびく玉藻の 下みだれ くるしや心 みかくれてのみ

定家
を泊瀬や嶺の常磐木吹きしをりあらしにくもるゆきの山もと

定家
はつせのやゆつきがしたにかくろへて人にしられぬ秋風ぞ吹く

定家
初瀬女のならすゆふべの山風も秋にはたへぬしづのをだまき

実朝
初瀬山けふをかぎりとながめつる入相の鐘に秋ぞ暮ぬる

実朝
ゆふされば浦風寒しあまを舟泊瀬の山に雪ぞふるらし

実朝
うちつけに物ぞかなしき初瀬山をのへの鐘の雪の夕暮

続後撰集・秋 後鳥羽院下野
初瀬山 ゆつきかしたも あらはれて 今宵のの 名こそかくれね

続後撰集・秋 土御門内大臣通親
こもり江の 杉のみどりは かはらねど 初瀬の山は 色づきにけり

続後撰集・秋 入道前摂政左大臣道家
雲かかる こづゑいろづく 初瀬山 しぐれや秋の 錦おるらし

続後撰集・雑歌 よみ人しらず
初瀬川 ながるるみをの せをはやみ ゐでこす波の 音ぞさやけき


芭蕉
うかれける人や初瀬の山桜

其角
海松の香に杉の嵐や初瀬山

凡兆
青葉かな起て舌かく初瀬川

蕪村
春雨に下駄買ふ初瀬の法師哉

蕪村
頭巾着て声こもりくの初瀬法師

召波
下闇の三輪も過けり泊瀬の町

暁台
初蝉や初瀬の雲のたえ間より

一茶
笛吹てはせ山越る盆の月


一葉
初瀬山入相のかねに桜ちる夕べは春も寂しかりけり

子規
月影も やどさじとてや 袖の露 はらふはつせの 山颪かな

一葉
初瀬山ひはらの奥のかねの音のつきぬ願も誰ならなくに

子規
こもりくの初瀬の雄鹿鳴く聲にこもりの人の涙落ちにき


こもりくの初瀬のみちは艾なす暑けくまさる倚る木もなしに

碧梧桐
田の畦の咲きけり初瀬道

春月や後夜の明るき初瀬川 青畝