山ひとの柴ひきむすぶ谷のとを荒くも叩く風のおとかな
隠らくの初瀬の山は白雲の峯にたなびく名にこそありけれ
たややとぞ荒れたる庭に行く水の心細くも澄みわたるかな
汐は干ぬ今やとしまが岩が間に打ち寄せつらむ貝もひろひに
雲のうへに心ばかりはあくがれて浮巣にまよふ鶴のみなし子
秋はてて嵐にたへぬ木の葉猿こずゑをつたふ聲のみぞする
浦風に神さびにけり住吉の松のひまより見ゆるかたそぎ
明け暮れの鐘よりほかにおのづから音するものは山おろしのかぜ
おもしろき東のことをひくなかに猶うとはまを身にはしみける
波を分けいかなる風のたよりにかこまのしらべを吹きつたへけむ
もろともにいざかたぶけむ山がつのそのふべにたてるくはのはのつゆ
波かくる濱のあらゆは我なれや身をうみにのみ思ひいるらむ
帰るさは烟や宿の標なる室の八島のあまのつりふね
ゆきつくる月の桂の聲のみや見しよのひとに逢ふここちする
春の日も秋の夜の間も長かりきいかに過ぎにし年の六十路ぞ
たなばたは今もかはらす逢ふものをその夜ちぎりしことはいかにぞ
ふるさとの見し夜にだにも変はらずは恋しさのみぞ歎きならまし
うきたちて宿もさだめぬあまの子はなかなか世にや住みよかるらむ
いづくにかたとへていはむ朝凪て霞たなびく塩釜の浦
ここのたびとたびに位うつりけむ人もかくこそ嬉しかりけめ