冬の夜を 旅の空にて 明かしてや みやこに春の 今朝来たるらむ
春風の なほ狭莚を 重ねばや 旅の夜床は 冴えもこそすれ
春の日は 杣山遠き 里なれや 暮れ待つ程の こころともなき
山の端の 横雲ばかり 渡りつつ 緑に見ゆる あけぼのの空
雲はれて 天つみ空に あそぶ糸の よるよる花と 見えぬなるらむ
あづさゆみ ひきひき誰れも 祈るらむ かたわくけふの 雲の上人
駒並べて 三笠の山へ 行く人は あめのした祈る つかひなりけり
をとこ山 峰の桜に もろ人の かざしの花を たぐへてぞみる
たちわたる 嶺の霞は もろともに 志賀の山越え するにやあるらむ
おそくとく やどを出でつつ 稲荷坂 のぼればくだる みやこ人かな
咲かぬより かねてぞ厭ふ 花の木の 枝吹き折るな 春の山風
見る人の あくしなければ 梅の花 うすくれなゐの 色もかへらず
春霞 たち隠さなむ 道の辺の 垣根に咲ける 姫桃の花
このもとに 散り積もりたる 花をこそ にはさくらとは いふべかりけれ
入日さす 遠の丘辺の をかつつじ ゆふくれなゐの 色ぞまされる
狩人は 声をたづぬと 知らねばや 霞のうちに きぎす鳴くらむ
遅桜 匂ふこづゑの うぐひすは はつこゑよりも めづらしきかな
いかばかり いぶせかるらむ 昆陽の池の みくさのもとに すだくかはづは