和歌と俳句

源兼昌

宮人の かざしてかへる 葵草 紫野まで 緑なるかな

夏立てど しるしも見えず 衣川 いつも舟よる 浦しなければ

夏草は しげりにけりな やくやくと 春見し野辺の 道まどふまで

おぼつかな 唐撫子を ここまでに 誰れかわたして 植ゑはじめけむ

てなるれど 扇ぞつらき わがせこが ますみの色を 隠すと思へば

夏川の 岸の柳の 葉をしげみ 波も木かげに 寄るにぞありける

たまたれの 水さわぐまで 風吹けば 淀野の内も 涼しかりけり

草村に すむ夏虫は こぞの秋 朽ちし下葉の なるにやあるらむ

鵜飼舟 綱手くだすと 見えつるは 急ぎて手繰る たなはなりけり

ねらひする しづをがさまを さを鹿の ひとむら草と 見てや寄るらむ

夏山の 楢の広葉に かくろへて このもかのもに 鳴く蝉のこゑ

水鶏ゆゑ 開けてくやしき つま戸かな 浦島が子の 函ならなくに

かたみには 暑さばかりを 残し置きて 秋にもあはで 夏はいぬめり

ゆふだちに 遠のみぞ川 まさりつつ 降らぬ里まで 流れ来にけり

真葛原 紅葉の色の あかつきに うら悲しかる 風の音かな

朝風に 川波さわげ 一夜妻 たまゆらだにも たちかへるべく

望月の 山の端いづる よそほひに かねても光る 秋の空かな

長月の 九日までに ふくみたる 十日の菊の 花ひらけなむ

秋の夜は なかゐの浦に 寄る波の かへすがへすぞ ねざめられける

岩間ゆく いさら小川の せはしきに われてやどれる ありあけの月

秋深み 木々の紅葉の 散るままに 声よわりゆく 山おろしの風

葛城や 木陰に光る 稲妻を 山伏の打つ 火かとこそみれ