去年もさて 暮れにきと思へば 春立つと 聞くよりかねて ものぞ悲しき
春日野の 松の古枝の かなしきは 子の日にあへど ひく人もなし
いつしかと春は霞のこえてゆく音羽の山やわが身なるらむ
花咲かぬ 宿の梢に なかなかに 春とはつげそ うぐひすのこゑ
新古今集
澤におふる 若菜ならねど いたづらに 年をつむにも 袖は濡れけり
春しらぬ 越路の雪も 我ばかり うきに消えせぬ ものは思はじ
数ならぬ 袖にはしめじ 梅の花 この世のとまる つまともぞなる
春雨に玉ぬく柳風ふけばひとかたならず露ぞこぼるる
なげかめやをどろの道のした蕨跡をたづぬる折にしありせば
埋木となりはてぬれど山櫻惜しむ心はくちずもあるかな
春にあはぬ身をしる雨に降り込めて昔の門の跡やたえなむ
かばかりと今はわが身を水のえになにとて駒の立ちめぐるらん
雲のうへに行通ひても音をぞ鳴く花咲くときに逢はぬ雁がね
さらぬだにあらましかばと思ふ人恋しさそふる喚子鳥かな
わびぬともひきはありかじ山水のあるにまかせむ小田の苗代
すみれさく浅茅が原に分けきてもただひた道にものぞ悲しき
世をいとふ宿には植へじかきつばた思ひたつ道かこひ顔なり
播磨潟藤江の浦にみつ汐の辛くて世にもしづみぬるかな
身のうさにかさねてものを思へとや移ろひぬらむ山ぶきの花
世の中をなげく涙はつきもせで春はかぎりとなりにけるかな