和歌と俳句

慈円

ひととせは きのふの空に 暮れはてて 今日めづらしき 春のあけぼの

あさみどり 春のこえゆく あふさかを 霞のせきと 人やみるらむ

かすみゆく 春のしほやの 煙かな 二見の浦の あけぼのの空

みやまべの ゆきげの雲を わけはてて 霞にうつる 鶯のこゑ

庭の雪の 消えゆくひまを たどりつつ 垣根の草ぞ 春もとめける

山里の 梅のたちえの 夕霞 かかるすまひを 訪ふ人のなき

ものごとに 身にしむ春の けしきかな そのの鶯 花になくなり

青柳は やよひの空に 絲そめて 花ゆゑわくる 人をまちけり

みねは花 ふもとは霞 ひさかたの くもゐにみゆる 天の香具山

よしのやま 霞もふかく わけいれば 花のおくある 春のあけぼの

いかにいひ いかにおもはむ みよしのの 花はかすみに あけぼのの空

いりあひの おとは霞に うづもれて 花こそなけれ をはつせの山

春のやまに もりくる月に 風すぎて 涙つゆけき 花のしたふし

花ざかり 雲もおぼろに かすむ夜は 月さへふかき みよしのの山

よしの山 ふもとに花の 雪ぞちる 雲のこずゑに 風やふくらむ

ながめつる 四方のこずゑの むら霞 ひとつになりぬ 春雨の雲

よはにくる かりの涙や 露ならむ 今朝はうつろふ 志賀のはなぞの

春をへて 紫くくる 袂より まつに心を かくる藤浪

春のこえし あふさか山は けふやまだ かへる空には しらかはの關