和歌と俳句

慈円

新古今集・恋
ただ頼めたとへば人のいつはりを重ねてこそは叉も恨みめ

新古今集・恋
心あらば吹かずもあらなむよひよひに人待つ宿の庭の松風

新古今集・恋
わが恋は庭のむら萩うらがれて人をも身をもあきのゆふぐれ

新古今集・恋
心こそゆくへも知らぬ三輪の山杉のこずゑのゆふぐれの空

新古今集・恋
暁のなみだやそらにたぐふらむ袖に落ちくる鐘のおとかな

新古今集・恋
野邊の露は色もなくてやこぼれつる袖より過ぐる荻の上風

新古今集・雑歌
見せばやな志賀の唐崎ふもとなるながらの山の春のけしきを

新古今集・雑歌
柴の戸に匂はむ花はさもあらばあれ詠めてけりな恨めしの身や

新古今集・雑歌
おのが浪に同じ末葉ぞしをれぬる藤咲く田子のうらめしの身や

新古今集・雑歌
山ざとに月は見るやと人は来ず空ゆく風ぞ木の葉をも訪ふ

新古今集・雑歌
有明の月のゆくへをながめてぞ野寺の鐘は聞くべかりける

新古今集・雑歌
秋を経て月をながむる身となれり五十ぢの闇をなに歎くらむ

新古今集・雑歌
和歌の浦に月の出しほのさすままによる啼く鶴の聲ぞかなしき

新古今集・雑歌
須磨の関夢をとほさぬ波の音を思ひもよらで宿をかりける

新古今集・雑歌
世の中を心高くもいとふかな富士のけぶりを身の思にて

新古今集・雑歌
花ならでただ柴の戸をさして思ふ心のおくもみ吉野の山

新古今集・雑歌
山ざとに獨ながめて思ふかな世に住む人のこころながさを

新古今集・雑歌
草の庵をいとひても叉いかがせむ露のいのちのかかる限は

新古今集・雑歌
山里に訪ひ来る人のことぐさはこのすまひこそうらやましけれ

新古今集・雑歌
岡のべの里のあるじを尋ぬれば人は答へず山おろしの風

新古今集・雑歌
世の中の晴れゆく空にふる霜のうき身ばかりぞおきどころなき

新古今集・雑歌
頼み来しわが古寺の苔の下にいつしか朽ちむ名こそ惜しけれ

新古今集・雑歌
思はねど世を背かむといふ人の同じ数にやわれもなりなむ

新古今集・雑歌
なにごとを思ふ人ぞと人問はば答へぬさきに袖ぞ濡るべき

新古今集・雑歌
いたづらに過ぎにし事や歎かれむうけがたき身の夕暮の空

新古今集・雑歌
うち絶えて世に経る身にはあらねどもあらぬ筋にも罪ぞ悲しき

新古今集・雑歌
山里に契りし庵や荒れぬらむ待たれむとだに思はざりしを