和歌と俳句

新古今和歌集

雑歌

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藤原道経
秋の夜の月に心をなぐさめてうき世に年のつもりぬるかな

前大僧正慈円
秋を経て月をながむる身となれり五十ぢの闇をなに歎くらむ

源隆信
ながめても六十ぢの秋は過ぎにけりおもへばかなし山の端の月

源光行
心ある人のみ秋の月を見ばなにをうき身のおもひいでにせむ

二条院讃岐
身のうさに月やあらぬとながむれば昔ながらの影ぞもり来る

寂超法師
ありあけの月よりほかにたれをかは山路の友と契り置くべき

大江嘉言
都なる荒れたる宿にむなしくや月にたづぬる人かへるらむ

惟明親王
思ひやれなにをしのぶとなけれども都おぼゆるありあけの月

返し 式子内親王
有明のおなじながめは君も問へ都のほかも秋のやまざと

摂政太政大臣良経
天の戸をおしあけがたの雲間より神代の月のかげぞ残れる

右大将忠経
雲をのみつらきものとて明かす夜の月や梢にをちかたの山

藤原保季朝臣
入りやらで夜を惜しむ月のやすらひにほのぼの明くる山の端ぞ憂き

法橋行遍
あやしくぞ帰さは月の曇りにし昔がたりに夜やふけにけむ

寂超法師
ふるさとのやどもる月にこととはむわれをば知るや昔住みきと

平忠盛朝臣
すだきけむ昔の人はかげ絶えて宿もるものはありあけの月

前中納言匡房
八重葎しげれるやどは人もなしまばらに月の影ぞすみける

神祇伯源顕仲
鴎ゐるふぢ江の浦のおきつ洲に夜舟いさよふ月のさやけさ

俊恵法師
難波がた汐干にあさるあしたづも月かたぶけば聲の恨むる

前大僧正慈円
和歌の浦に月の出しほのさすままによる啼く鶴の聲ぞかなしき

定家朝臣
藻汐くむ袖の月影おのづからよそにあかさぬ須磨のうらびと

藤原秀能
明石がた色なき人の袖を見よすずろに月もやどるものかは

具親
ながめよと思はでしもやかへるらむ月待つ波の海人の釣舟

皇太后宮大夫俊成
しめ置きて今やとおもふ秋山のよもぎがもとに松蟲の鳴く

皇太后宮大夫俊成
荒れわたる秋の庭こそあはれなれまして消えなむ露の夕暮

西行法師
雲かかる遠山畑の秋さればおもひやるだに悲しきものを

守覚法親王
風そよぐしののをざさのかりのよを思ひ寝覚めに露ぞこぼるる

左衛門督通光
浅茅生や袖にくちにし秋の霜わすれぬ夢を吹くあらしかな

俊成女
葛の葉のうらみにかへる夢の世を忘れがたみの野邊の秋風

祝部成仲
白露は置きにけらしな宮城野のもとあらの小萩すゑたわむまで

紫式部
女郎花さかりの色を見るからに露の分きける身こそ知らるれ

返し 法成寺入道前摂政太政大臣道長
白露はわきても置かじ女郎花こころからにや色の染むらむ

曾禰好忠
山里に葛はひかかる松垣のひまなくものは秋ぞかなしき

安法法師
ももとせの秋のあらしは過ぐし来ぬいづれの暮れの露と消えなむ

前中納言匡房
秋果つる羽束の山のさびしきに有明の月を誰と見るらむ